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RAIN2 恋人ってどういうこと?
「お待たせ」
それから数日経ったある日の道場。稽古を終え着替えた風吹は、恋人と親友の待つ道場の入口へ向った。
「帰ろうか」
風吹の言葉に航生が笑顔を見せる。
「ねぇ、風吹。明日試合なんだって?」
道場を後にして歩き出した紅音が風吹を見上げる。
「あ? ああ。言わなかった?」
「聞いてません」
「あー……悪ぃ、ここんとこバタバタしてたからさ」
「バタバタって?」
「ま、色々な」
風吹が流すと、紅音はぷぅと頬を膨らませた。
しかし紅音にまた人に騙されました、なんて言ったら、だから風吹はお人よし過ぎるって言われるのよ、とため息をつかれるだけだ。彼女の前ではやっぱりカッコいい自分でいたい。
「またそうやって誤魔化すんだから」
紅音が拗ねたように言う。
「ホントに風吹、忙しかったんだよ」
そんな紅音を見て、すかさず隣の航生が助け舟を出した。
「どんな風に?」
「明日の試合、なんと風吹と俺、団体戦の正メンバーになりました」
「嘘、ホントに?」
「ああ。風吹が中堅で俺が副将。ま、Bチームなんだけどね」
「すごいじゃない! 明日、バイトさぼって応援行く!」
紅音が声を張って言い放った。
「でかい声でさぼるとか言うなよ」
風吹は煩そうに言うと、紅音は舌先を出して、そうね、と笑った。
それを見ていた航生が柔らかな視線で紅音を包んでいた。
俺はいい親友を持ったと思う。航生は心底いい奴だ。性格もそうだが、見目も充分だと思う。彼女が出来たら二年はもつ。今は、特定の相手はいないようだけど、時々道場に会いに来る数人の女の子がいるのも知っていた。航生をからかうと、積極的すぎるのはどうも苦手だ、と本音をもらしていた。ただひとつ、こいつの欠点を挙げるとすれば真面目すぎて不器用なこと、だろうか。
人によっては、長所と言うかもしれない。
そんな航生が自分だけではなく、恋人の紅音にも優しくして、仲良くしてくれていることが風吹は嬉しかった。
「とにかく、明日は行くからね。応援」
「はいはい」
紅音の言葉に風吹が頷く。
「航生くん、頑張ってね」
「ありがと、紅音ちゃん」
「俺は応援なしかよ」
笑いあう二人に風吹が割ってはいる。
「風吹の試合、何秒で終わるかな。ストップウォッチ要る?」
紅音の言葉に航生が笑い出す。
「ばっか、お前……毎日来てて稽古見てねぇのかよ」
「そうだよ、紅音ちゃん。風吹は運動神経だけはいいんだから」
尚も笑いながら言う航生に、風吹はふて腐れたように返す。
「運動神経だけかよ」
「お前ならどんなスポーツでもこなせるのに、敢えて母上が剣道をやらせたのはどうしてだっけ?」
「……お前は少し精神を鍛えてこい、ってさ。まあ、道場に航生も居たしな」
昔のことを思い出しながら風吹が答える。小学校の高学年の頃の話だ。故に、航生との付き合いもそこまで遡る。
「へぇ、風吹と航生くんってそんな長い付き合いなんだ」
「まあ、こいつさ、サッカーもバスケも野球も自分ひとりでやろうとするんだよ。スポーツマンシップってのに欠けてたの」
「要は点数入れりゃ勝ちなんだろ。楽勝だろ。サッカーもバスケもゴールは動かないし、野球だってわざわざ俺に球投げてくるんだから打てばいい話だろ」
「なんて、言うもんだから母上が激怒したわけ」
風吹の言葉尻を拾って航生が繋げた。
「柔道と剣道どっちにするっていうから、剣道にしたんだよ。今じゃ流れで続けてるけど……楽しかったな、あの頃」
「へぇ、風吹でも楽しいって思うことあるの?」
紅音は茶化す様に口を挟む。
「いっぱいあるぜ、紅音といちゃいちゃする、とか」
「そういうことを聞いてるんじゃないだろ」
航生が後ろから軽く後頭部を叩いた。
「冗談だろ、殴んなよ」
風吹がたいして痛くもない頭を擦りながら航生を軽く睨む。その視線に笑顔を向けた航生が、とにかく、と口を開いた。
「明日はその鍛えて身に付いたスポーツマンシップを発揮してくださいな」
「あんまり育ってないかもしれないけどね」
二人で笑い合うと、紅音が「またじゃれてる」と言って笑った。
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