RAIN2 恋人ってどういうこと?

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 いつもよりも時間を掛けて戻ったアパートのドアの前に、細い肢体を折り曲げて座り込む誰かが居た。  紅音かと思ったがそれはないだろう。紅音にしては、少し大きい。けれど、女のように見えた。他にここまで来るような知り合いなどいたかと首を捻りながら、風吹は近づいた。 「遅かったね」  否、女ではない。女のような容姿をもつ男だった。 「ウチの前で何してんだよ。てか、なんで俺ん家知ってるわけ?」  座り込んだまま自分を見上げる目に問いかける。  蓮はゆっくりと立ち上がると笑って答えた。 「それは、俺が遠藤って呼んだ時点で気付いてほしかったな」  その言葉に風吹が軽く首を傾げる。  調べたってことか、と納得して、風吹はため息を零した。 「で、入れてくれる?」 「……入れてほしいから、ここに居るんだろ」 「そうだね」 「入れよ。十月ったって、もう寒いだろ」 「やっぱりお人よしだね」  蓮は笑いながら玄関へ入る。 「帰ってもらってもいいんだぜ?」 「優しいねって言ったんだよ、俺」  蓮は事も無げに言って、靴に軽く指を当ててそれを脱ぐ。  不自然に遅いその行動に、外気が部屋の温度を下げるのを感じた風吹は急かすように言った。 「早くしろよ」  とん、と軽く右手で腰を叩くと、蓮は声にならない悲鳴を上げてその場に膝を折った。 「――! ……っにすんだよ!」  振り返ったその目が潤んでいる。 「んだよ、ちょっと叩いただけじゃねぇか。男がそんなことでガタガタ騒ぐなよ」 「何もわかんねぇくせに!」  蓮は言い放って、部屋へ上がると、目の前に広がるベッドへと突っ伏してしまった。  風吹は、ため息をついてドアを閉めると、蓮の寝そべるベッドに寄った。 「……悪かった」  座り込んで、風吹が頭を下げる。 「何かなきゃ、通りすがりの俺のとこなんか来ないよな。気付いてやれなくて……悪かったよ」  風吹が頭をたれると、小さく笑い声が響いた。 「ふ、ふふふ……あはは、ホントに人がいいね、遠藤って」  起き上がって笑い出した蓮に、風吹が真っ赤になる。 「おまっ……! 帰れ、今すぐ帰れ」 「ごめんってば」  蓮が瞳に溜まった涙を拭う。  笑いすぎて泣いたように見せかけていたのは、風吹にもわかったのでそれ以上言うのをやめた。  ため息をひとつ吐いてから、台所へ向う。コーヒーでも淹れようと、お湯を沸かすのにヤカンを火に掛けた。 「遠藤、これ……彼女?」  ベッドサイドにある棚の上、シンプルな写真立てに入ったそれを指差して蓮が言った。  中には風吹と紅音が仲良く並んで笑っている写真が入っている。初めてデートした時の写真だ。 「ああ……だった子、かな」 「別れたのか?」  シンクに寄りかかりながら、蓮を見やる。蓮は既に起き上がり、写真を眺めていた。 「んー……多分近いうちに」 「どういうこと?」 「事実上の破局はしてるみたい。後は互いに判を押して提出するだけ、みたいな」 「なるほどねぇ……甲斐性なかったんでないの?」  にやにやと笑いながら、蓮がこちらを窺う。風吹は軽く笑った。 「多分ね。俺って器用かと思ったけど、意外と不器用だったみたい」 「――セックス下手で飽きられたのか?」 「バッカ、下ネタじゃねぇよ。メンタルな話してんの」  風吹は沸いた湯をインスタントコーヒーの入ったカップに注いだ。顆粒が渦を巻いて、溶けていく。 「メンタルねぇ……」  よくわかんねぇや、と蓮は呟くとベッドから降りて床に座りなおした。  一瞬、蓮の表情が歪んだ。 「……どうかしたか?」  カップを二つ手にして戻ってきた風吹がそれを見て聞く。 「いや、ちょっと怪我」 「怪我? 見せてみろよ」  風吹は言うが、蓮は思いっきりかぶりを振った。 「見せられっかよ!」 「……痔?」 「なわけねぇだろ!」 「何だよ、怒んなよ……」  カップをテーブルに載せてから、風吹は口を尖らせた。 「ノンケにゃわかんねぇんだよ」  蓮はカップのひとつを手に取って、小さく呟いた。 「ノンケとホモじゃ、何か違うわけ?」 「違うよ、全然。ゲイなら、今の俺をわかってくれる。抱き締めて、慰めてくれる」 「……なるほど」  風吹は蓮の手からカップを外すと、その体を両腕で包んだ。 「可哀想だね、蓮……」  ぽんぽん、と背中を軽く叩きながら囁く。 「……蓮って、言った?」 「あ、気安く呼ぶなとか思った?」  連はふるふると首を振った。そして風吹の背中に腕を廻して、ぎゅっと抱きついた。 「――もっと呼んで」  そんなふうに呟いて。 「蓮、今日はココ貸すから。ゆっくり休んでけよ」  しばらくして風吹はベッドのシーツを取替え、枕を直すとそんな風に蓮に言った。 「遠藤は?」 「俺はその辺転がるからいいよ」  その言葉に蓮の表情が翳る。 「それは、申し訳なさすぎるよ」 「いいよ。怪我人なんだろ」 「じゃあ……半分返すよ」 「……っても、大の男二人がシングルには納まらないだろ」  風吹は、改めて自分のベッドをみやる。極一般的なシングルベッドだ。 「俺、標準より小さいし、遠藤も縦長体型だろ。平気だよ」 「けどなー……」  風吹が渋ると、蓮がその目を見て呟いた。 「ホモと同じベッドで寝るの、嫌か?」 「俺、そんな偏見あるように見える?」 「けど……」 「大体な、襲われるかも、とか乙女な発想できてたらまず部屋になんか入れないっての。解ったか」 「まあ、そうだな」 「今夜は一緒に寝てやるよ、ガキ」 「……今日は許すけど、次にガキなんて言ったらぶっ倒すかんな!」 「はいはい」  不機嫌な表情の蓮に対し、風吹は笑って軽く答えた。
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