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RAIN3 友達ってそういうこと
翌朝、風吹が先に起きてコーヒーを飲んでいると、蓮がむくりと起き出した。しばらくぼんやりとしてから、ゆっくりこちらを見て、風吹の姿を捉える。ちょっと小動物のようで可愛い。
「……はよ」
「お、起きたか。どうだ? 体の調子」
振り返って、風吹がベッドの蓮に笑いかける。蓮は上半身を起して首を振った。
「最悪」
「そっか……じゃあ、動けるようになるまでこの部屋使っていいから。出てく時鍵掛けて、ドアポケットに鍵入れてくれる?」
風吹は話しながらチェストの一番上の引き出しを開け合鍵を一本取り出した。そして蓮に向って放る。
「あ……了解」
巧く受け取った蓮は、その鍵を見詰めたまま頷いた。
いつまでもベッドから出たがらない蓮は放置して、風吹は一講目に間に合うように家を出た。いつも風吹はバイクで通学している。この日も天気が崩れる心配はなさそうだったので、いつも通りにバイクに跨った。
いつもと同じ通学路を通り、いつもと同じ駐輪場へとバイクを止める。ただ違ったのはそこに航生が仁王立ちして待っていたことだった。
「……はよ、航生」
「はよじゃねぇよ。どうして俺がここに居るか、見当ついてんだろ?」
「……防具」
「だけじゃない。とにかく、話するぞ」
航生は風吹に視線でついてくる様に合図してから歩き出した。風吹も仕方なくそれについて行く。
「航生、俺一講目落せないんだけど」
「紅音ちゃんが代返してくれてるはずだ」
「あ……対応済み」
冗談めかして言ってみるも、航生はそれに返すことはなかった。
とにかく、相当ご立腹のようだった。まあ昨日の風吹の行動を考えれば無理もない。
開いたばかりの学生カフェへ入り、コーヒーを注文すると航生は風吹にこう言った。
「何か理由があるなら、それから聞く」
向かい合い、こちらをまっすぐ見つめる航生の目が痛い。風吹は無意識に視線を手元に落としていた。
「理由……っていうか……誰だって彼女の別れ話、突然聞かされたら入れなくもなる」
「……聞いてたのか、あの話」
「お前ら無防備なんだよ。俺がどれだけトイレに時間かかると思ってるわけ?」
「聞いたのか、全部」
「……あいつの誕生日、祝ってやってくれた?」
「風吹、質問に答えろよ」
航生が、半ばイラついたように言う。けれど、風吹は顔を挙げずに言葉を繋いだ。
「あいつ、なんか……お前のこと好きっぽいじゃん。なあ、どうせ航生今フリーなんだし……」
「風吹」
強い言葉に、風吹の肩が震えた。その振動はテーブルに伝わり、カップの中に細波を立てる。
「……聞いたから、こうして言ってるだろ……」
「ホントに全部聞いた上で、戻らなかったのか?」
「そうだって言ってるだろ」
「最低だな」
大きなため息を吐かれ、風吹が顔を上げる。
「なんだよ」
蔑むような目線に、風吹はカッとなってその視線をぶつけた。
「どうしようもない奴だと思っても離れられない……色んな感情巡って、結局は好きってとこに辿り着く」
「……なんだよ、それ」
「昨日、紅音ちゃんが言ってた言葉。聞いてたんだろ?」
「……そこまでは、聞いてない……」
風吹が言うと、航生は大きくため息をついた。そうだと思ったよ、と呟くように口にする。
「けど、そんなこと今更、お前から聞いても、もう無理だ」
「じゃあ、俺が貰うぞ、紅音ちゃん」
航生の言葉に、その目を見ると強い視線が返って来た。
「こ……き?」
突然のことに、喉の奥が張り付いて巧く言葉に出来なかった。
「お前が幸せに出来ないっていうなら、俺がする」
「珍しいな……お前がそんなはっきりモノ言うの……本気、なのか?」
驚いたままの風吹は、そのことがまるで他人事のような感覚のまま聞いた。頷きがひとつ返る。
「冗談で親友の彼女なんか好きになるかよ」
「だ、よな」
「だから……諦めてたんだよ、本当は。でも、風吹がそんな態度なら話は別だ。本気で落としにかかるよ」
航生は、カタンと小さく椅子を鳴らして立ち上がった。
「宣戦布告、したからな」
そんなふうに一言残して去っていく後姿を風吹はぼんやりと見詰めていた。
「わけ、わかんねぇ……」
風吹は思わず現在の心境を声にして呟いた。
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