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「何なんだ、一体」
その時、ザァァァァと雨音がさらに増し、黒い雨が僕の前に水溜りを作った。
その水溜りから、傘の柄がゆっくりと顔を出した。
「あの水溜りの傘を取って下さい」テルが言った。
「何でだ、嫌だ」
僕の返事など聞こえなかったかの様に、テルは繰り返した。
「あの傘を取って下さい。ケイさんがこのまま目覚めなくてもいいんですか」
「……どういう事だ?」
テルは返事をせず、さあ、あの傘を、と急かした。
僕は言われるがまま、黒い水溜りから飛び出た傘の柄を持ち、ぐいっと引き上げた。
傘は骨組みしかなく、傘の役割を果たせないボロ傘だった。
「何だこれ? ゴミ傘?」
「説明は後です。早速来ましたよ、傘を構えて下さい」
テルの声に、構える? 何を言っているんだ、と鼻で笑おうとした時、目の前に黒い人型が現れた。
人型は黒い水でできており、表面は水面の様にゆらゆらと揺れていた。
目も鼻も口も耳もない。が、輪郭は人型だった。
心臓のあたりが白く光っており、それ以外全身、黒い水が人のように意志を持ち、動いていた。
「何だ、あの化け物」
「あれは、黒雨人と言います。人を襲います」
「襲う!?」
「さ、来ましたよ。傘を構えて!」
僕は言われるがまま、さしていたビニール傘を投げ、ボロ傘を剣の様に構えた。
黒い雨が降り注ぎ、僕の体を伝っていった。
黒雨人は両手を上げ、のしかかる様に襲いかかって来た。
それに向かって僕は、ボロ傘をまっすぐに振り下ろした。振った傘先の軌道に沿って、ぱっかりと黒雨人の体が真っ二つに割れた。
「わ、割れ、た」
訳が分からないがとりあえずやったのか、と振り返ると、裂けた体は引き合う様にして元の人型に戻った。
「えぇぇぇ、再生するのかよ……」
「黒雨人の弱点はあの白く光る心臓です。そこを雨傘で攻撃しないと倒せません」
「先に言ってよ」
僕は手に持っていたボロ傘を見て、投げたビニール傘を見た。今持っている傘より、あっちの方が、よほど戦力になりそうな気がする。
「ユウさん、ダメです。普通の傘は黒雨人には効きません。黒水から出て来た特殊な雨傘じゃないと奴らは倒せないんです」
「あー、意味が分かんない。訳も分かんないけど、とりあえず、このボロ傘であの黒雨人とかいう奴の心臓を刺せばいいのかな」
「そうです、お願いします」
テルの返事を聞き、僕はボロ傘を振り回しながら、黒雨人に勢いよく切りかかった。
やみくもに振り回す。
黒い水の人型が、ボロ傘で割かれ、空中に黒い水滴が無数に浮かんだ。散った黒滴は数秒だけ空中に浮遊した後、再びぎゅっと集まり、人型を形成した。
「ユウさん、ちゃんと心臓を狙って下さい」
「分かってるよ、分かってるけど…」
剣道どころか竹刀や棒すら、日常的に触れる機会のない僕は、構え姿すら不恰好だ。おまけに、面倒な事も嫌いであるから、基本的に逃げ腰。持っている傘もボロボロで、目の前のこの黒雨人と言う化け物を倒せる気もしない。
それに、そもそもこの非常識な状態は、現実ではない、と思っている。
喋る奇妙なてるてる坊主の意見を、とりあえず聞いているにすぎない。
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