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黒い雨がテルの白い頭に降った。
僕はビニール傘をテルにかざした。
「また黒雨か…、今日は多いな」
リョウが呟いた声に反応する様に、空から人型の黒い水が降ってきた。
「来ました!」
僕は仕方なくビニール傘を置いて、ボロ傘を持った。
「マジかぁ、大きすぎだろぉ」
リョウが声をあげて、雨傘を構えた。
目の前の黒雨人は先程の大きさより2倍近くあり、4メートル程の大きさだった。
「デカい…」
ボロ傘を構えて、見上げると、白く光る心臓は3メートル以上、上。
僕が腕を振り上げても、どうやっても届かない位置だった。
「俺が狙ってみる」
リョウが雨傘の柄を持ち、トリガーに指をかけた。銃先を黒雨人の心臓に向けている。
ダダダダダと連続した銃撃音が鳴り、弾丸が白い心臓を目掛けて、発射された。しかし、距離が遠く、届かない様子だった。
「くそっ、ダメか。遠すぎて届かない」
「どうしたら、あの場所に届くのでしょうか…」
テルの声に、ふと中学時代にしていた棒高跳びを思い出した。
助走をし、棒を地面について、高く跳ぶ。
本来の人間の跳躍能力に加え、棒の力を借りてより高く、上空へ登る手段。
高校に入って一回も跳んではいない。し、今は帰宅部だ。いくら中学三年間、跳んでいたとしても、ブランクは半年以上ある。準備運動もせずに跳ぶことなんて、ありえないし、第一、肝心の棒がどこにもない。
頭に浮かんだ手段を選択肢から消した。
黒雨人は図体が大きいため、動きが鈍い。しかし、ゆっくりながらも確実に僕たちに近づいてきた。距離を保ちながら、後ずさっていると、奴の進行方向――僕たちの背後――に幼い女の子が歩いているのが見えた。
人通りが少ない裏道だが、人が通らない訳では無い。女の子がこちらの様子に気づき、目を見開き、巨大な黒雨人を見て悲鳴をあげた。
奴は耳がないのにも関わらず、その悲鳴に反応し、大きな手を女の子に伸ばした。
彼女が犠牲になる、と思った瞬間。
黒雨人の心臓めがけ、僕は駆け出していた。
もう、やけくそだった。
これは夢だ。
どうせ、何をやっても目が覚めたら、全部が日常に戻るはずだ。
ケイも目が覚めているだろうし、目の前の黒雨人も現実には存在しない。
でも、これが夢でも、誰かがケイの様に昏睡状態に陥ってしまう瞬間を、見て見ぬふりをする事は出来なかった。
面倒な事はごめんだ。しかし、悲しい思いをするのは、もっとごめんだ。
ボロ傘を持ち、4メートル近い黒雨人の心臓めがけて走る。
奴と距離が1メートル足らずになった所で、ボロ傘をアスファルトに思いっきり突き刺した。
短いはずの傘が、ぐんっと伸び、高跳び棒程の長さになった。
自分の体がふわっと浮く。
夢だから、自在な筈だ、と開き直る。
浮いた体を捻る。持っていたボロ傘を、勢いよく、黒雨人の心臓を目掛けて、槍のように投げ入れた。
パシャーンと、白く眩しい光の雫が、放射線状に弾けた。
黒い水の塊は、水滴の粒へと変化し、周囲に広がる様に浮いた。
―――やった。とりあえず、やっつけた。
自分の体が下降するのが分かった。
夢だから大丈夫と思いながらも、拭いきれない恐怖が体を包んだ。
「うわぁぁぁぁぁ」
声を上げると、自分が投げたボロ傘がザルのような形になり、僕を受け止めた。そして、そのままゆっくりと地上に降り立った。
地面に着くと傘は、元の骨組みだけのボロ傘に戻った。
「……お前の雨傘、ヤバいな。自由自在かよ」
「ユウさん、やりましたね。雨傘は持ち主の気持ちに呼応して形態を変えるんですよ。大体、1つの形になったらそれから変わらないのですが……、ユウさんのは特殊ですね。長い間、案内係をしていますが……、こんなに変化する物は初めて見ました」
「俺も初めて見た。ただのボロ傘かと思ってたけど、違ったな。ま、俺の雨傘の方が見た目は格段にかっこいいけどな」
リョウはそう言って笑ったが、僕は道の真ん中で怯えている女の子に駆け寄った。
女の子は震えており、声を掛けようとすると、逃げるように立ち去ってしまった。
「そりゃ逃げるよな。僕も今すぐ夢から覚めたいって思ってるよ……」
雨は透明に変化し、上空の鈍色の雲は風に吹かれたように、さあっと引いていった。
「ユウさん、雨が止みました! あの大型の黒雨人が今回の諸悪の根源だったみたいです。ケイさんも目が覚めているかもしれません」
僕はその言葉を聞き、道に置いていたビニール傘を持った。急いで、病院に駆け出す。
持っていたはずのボロ傘はいつの間にか姿を消していた。
テルとリョウが、またな、と僕の背中に発した言葉は聞かなかった事にした。
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