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フレイアが彼、アルフレートと出会ったのは一ヶ月ほど前のことである。
本来神は、天空の宮殿から有事の際でなければ降りてはならないと言われているのだが。幼い頃からお転婆なフレイアは、こっそり地上に降りるハシゴを使っては下界に降り立ち、自分が守る世界を見て回るのが趣味であったのである。
幸いなことに、フレイアや姉のミーティアといった“神”の正確な姿は、下界の人々に伝わっていない。正式な形で彼らの前に姿を現したのが既に百年は前なのだから、当然と言えば当然だろう。フレイアは少し派手なドレスの、お金持ちの娘としか思われなかった。そのお金持ちの娘が日傘一つで、馬車にも乗らずに歩いている様は少し不思議に思われることもあったが。
神々の世界と比べて、どうしても下界の科学技術は遅れがちになる。何故なら下界の人々の技術はどれもこれも、神々が一定以上研究した上で“これは下界に下ろしてもよし”と判断したものに厳選されるからだ。過剰な技術は、時に人々同士の争いを招くことになる。それこそ人を何千、何万と吹き飛ばせるような爆弾の技術などは、間違っても下界に渡すことはできないのだ。
それから、発電の力。風車や水車で発電する技術は既に下界の人々に渡していたが、原子力についてはまだまだ天界での実証が待たれるところだった。これを人間に渡しても問題ない力なのかどうか、科学を司る神々の間で意見が分かれるところであるからである。
そういう経緯があってか、まだ下界には自動車も走っていないし、携帯電話も存在しない。フレイアが下界に降りる時にドレス姿であるのは、それが気に入っているだけではなく、この服装が一番目立たないことを知っているからだ。天界の神々の普段着は、下界の人々にとってはあまりに前衛的で目立ちすぎることだろう。
その日。フレイアはいつも通りピンクのドレス姿で一番大きな都市を練り歩いていたのだった。十数年前に降りた時よりもかなり発展したな、なんてことを考えながら。
――この都市の周辺の日照時間を多くして良かったようですね。この町は治安もいい。人々が少しでも平穏無事に生きて行けるよう、私も丁寧にお祈りを続けていかなければ。
世界の人々の暮らしは、フレイアが“人々の幸福を祈る”ことで保たれている。何故ならフレイアが人々のことを想うことにより、この世界にはさんさんと温かな日差しが降り注ぐからだ。
鼻歌を歌いながら街の大通りを歩いていた時、どこかふらついた様子の少年が目にとまった。薄汚れた服は、あちこち泥と油が飛んでいる。まだ十代も半ばに見えるが、恐らく鉱山かどこかで働く労働者なのだろう。体調が悪いのかもしれない――フレイアが声をかけようとしたその時だ。
少年が、ふらついた表紙に大柄な一人の男とぶつかって、倒れた。すると男が、“お前!”と突然怒鳴って少年の胸倉をつかみあげたのである。
恐らく男は酒に酔っていたのだろう。その腰からは酒瓶がぶらさがり、顔はわかりやすいまでに赤く染まっていたのだから。
『このガキ!今、俺の財布をスろうとしやがったな!?わざとぶつかりやがって!』
『え、え!?』
『しらばっくれたってそうは行かねぇぞ!憲兵に突き出してやる!』
彼は少年の首根っこを掴むと、無理矢理引きずっていこうとした。あれでは、少年が怪我をしてしまうし、何より明らかに具合が悪そうだというのに。ぶつかっただけで人を勝手に誤解して犯罪者呼ばわりなんてあんまりだ――フレイアがそう思って一歩前に踏み出した時だった。
『待ってくれ!』
群衆の中から飛び出したのは、まだ二十歳にも満たないであろう一人の青年だった。フレイアとは少し色の違う金髪に、フレイアよりもより空に近い青い瞳の青年が。その眼はキラキラと、強い正義感に輝いていた。
『俺は見ていた!この少年は、スリなんてしていない。実際財布も取っていないじゃないか。具合が悪そうだから声をかけようとしていたんだ。ぶつかったのは俺が代わりに謝るから、どうか彼を離してやってくれ!』
それが。
フレイアと、アルフレートの出会いであったのである。
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