太陽の鎮魂歌

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 ***  フレイアが部屋に閉じ篭る少し前から、世界は日照時間がどんどん短くなっているという報告があった。アルフレートの住む街だけが、さんさんと優しい日差しが降り注ぐ状態になっていたのである。それは、フレイアが女神としての責務を忘れがちになり、世界ではなくアルフレートの幸せを願うようになってしまったからに他ならない。  そして、アルフレートが死んでからは、あの街でさえも日差しはほとんど照らなくなってしまっていた。世界は、延々と止まない雨が降り続けている。フレイアの嘆きを示すかのように。 ――わかっている。わかっているの。私は、世界の為に祈らないといけない。それが私が生まれた意味。生まれた理由。それが私の仕事だと、本当は誰よりもわかっているのに。  どうして、自分は人間でなかったのだろう。  どうして、彼は神様でなかったのだろう。  そうすれば、自分達は同じ時を生きることができたのかもしれない。少なくとも――彼を想って泣くことさえも許されないなんて、残酷な現実はなかったはずである。 ――あの人がいない世界の幸せを、一体どうすれば祈ることができるというの。もう、何もかもどうでもいい。滅んでしまってもいい。あの人が生きられなかった世界なんて、ずっと雨に濡れて、崩れてしまえばいいのです……!  そんなことさえ想うようになってしまった、フレイア。世界の天候は、悪化し続けた。町によっては大洪水が起き、多くの人々が亡くなる事態を招いたという。そして、雨が降り続ければ当然、作物の栽培にも支障が出る。このままでは、人々が飢えによってさらに死んでしまうだろうことは想像に難くなかった。  そんなある日。何度目になるかもわからぬ訪問をしたミーティアは、一つの鏡を持ってきていた。それは、下界の様子を眺めることができるものである。 「フレイア、見なさい……これを」  また、酷い下界の様子を見せて、自分を責め立てる気なんだろうか。フレイアは疲れきった眼で鏡を覗き――眼を見開いた。  映っていた景色の中に、人間はいなかった。  そこにあったのは――しおれ、倒れ、今にも崩れ落ちてしまいそうなあのアイリスポピーの花畑の丘であったのである。 「この丘は、高い場所にあるから洪水の被害には遭わなかったけれど。でも、土壌はあまり丈夫ではないの。このままだと崩れて、なくなってしまうかもしれないわ」 「そ、そんな……」 「それに、この花も植物。このまま日がてらなければ、全部枯れてしまう。……貴女は本当に、それでいいの?」  彼との思い出が、リフレインする。初めてのデートの日。キラキラと輝く笑顔で、フレイアの頭に花冠を乗せてくれた彼のことを。  フレイアの頬を、先ほどとは違う涙が伝った。ああ、あの時彼は、彼はなんと言っていたのだっけ。 「アイリスポピーの花冠。貴女はこの小さな冠を、とても大切にしていたわよね」  ミーティアは、フレイアが棚の上に大切に飾っていた特殊加工のガラスケースを持ってきた。そこには、あの時貰った色とりどりの花でつくられたい小さな冠が、一年前と変わらず咲き誇っている。 「彼はもういないかもしれない。でも……ねえ、フレイア。彼との思い出まで、殺してしまって本当にいいの?彼は、貴女に……自分を想って泣いてほしいと、ずっと望むような人なのかしら。彼だって、貴女と永遠を生きられないことはわかっていたはず。なら、どんな気持ちでこの花冠を、貴女にあげたんだと思う?」  綺麗事だ、と思った。  そんなことわかりきっている。わかりきっていた、はずだ。それでも感情がコントロールできないから、こんなことになっているわけで。でも。 『アイリスポピーの花言葉は、“あなたの幸せを祈る”。俺はずっと、貴女に笑っていてほしいんだ……フレイ』 ――そうですね。貴方は、どんな綺麗事をも、本気で信じるような人でしたね。  幸せを、彼が祈ってくれるなら。  それが彼の幸せだというのなら。  自分は彼のために――笑顔でいなければいけないのだ。女神として、あの丘を永遠に守り続けながら。 「……お姉様」  そして、フレイアは告げたのである。 「明日から……明日から私、笑います。祈ります。だから今日だけは……お許しください」  まだ雨は、やまない。それでも、降り続けた雨の後にかかる虹は、何より美しいものだとフレイアは知っている。  彼は、どこかで見て、喜んでくれるだろうか。  初めて会った時と同じ、眩しい笑顔で。
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