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旅館での夜と言ったら宴会だよね。さぞや盛り上がってるんじゃないかと思ったのに、佳奈ちゃん、もう部屋にもどってる。しかも、神妙な顔して鏡を覗き込んでるし。
「今日の温泉で、少しはマシになってくれないかなあ…」
例のポツポツのことかな。あちこち映しては溜め息をついてる。あーあ、そんな顰めっ面してたら、シワになっちゃうぞ。
「どうしたどうしたー? 元気ないじゃーん」
突然背後から明るい声がした。狭い視界に、誰かが割り込んでくる。それ、僕が言いたかったセリフだよ。
「美里さん…」
「寝る前のスキンケア中? 邪魔しちゃったかな」
ああ、美肌美人の美里ちゃんじゃないか。お酒呑んでるのかな、佳奈ちゃんとは真逆ってくらいの上機嫌だ。
「いえ、そういう訳じゃないんですけど…」
「ん? そうなの? ダメだぞー、お手入れサボっちゃあ」
そう言って、美里ちゃんは佳奈ちゃんの顔を覗き込んだ。それから急に真顔になって、
「…もったいない」
と呟いた。
「え?」
目を丸くする佳奈ちゃんに、美里ちゃんは実に悔しそうに拳を握りながら力説を始めた。
「せっかく若いのに! 可愛いのに! なんでちゃんと自分の肌を大事に扱ってあげないのよ」
「えええ?」
「いい? ちゃんとした食事と休養とスキンケアで、女のコはいっっっっっくらだって綺麗になれるんだよ? わかる?」
「あの…美里さん、めっちゃ酔ってます?」
あまりの勢いに、佳奈ちゃんは引き気味だ。
「うん、酔ってるよ」
あっさり認めると、美里ちゃんは鏡に映る範囲から出てしまった。
「でもそんな勢いでもないと、可愛い後輩にプライベートなアドバイスなんかできないじゃない」
そう言いながら、美里ちゃんは何かを持ってきた。
「…なんですか、これ?」
「あたしの使ってる基礎化粧品」
再び鏡に映った美里ちゃんは、にっこりと笑った。
「今日のところはこれ使って、そんでもう寝なさい。ちゃんと寝ないと、美肌が造れないわよ」
それだけ言うと、美里ちゃんはまた視界から外れた。今度は布団に入ってしまったらしい。
「おやすみぃー」
後には困惑顔の佳奈ちゃんが残った。
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