デビュタント

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私は中庭へ行くと、ベンチにへたり込んだ。 私の事を一瞬でも忘れていた。 それがわかった瞬間、本当に私は闇に飲み込まれた。 本当はコチラへ来れなかっただけかもしれない。 そう思っていたから今まで保っていられたけど、違うと分かった途端、何かが崩れた。 きっと、人としての感情がおかしくなったのだろう。 バラ園を歩き回り、小さな池にたどり着いた。 池を覗き込むと、小さい頃の私が見える。 まだ無垢なあの頃の私なら、ママを許しただろうか。 純粋を失った私には人として生きていけるのだろうか。 泣きたくても涙さえ出てこない。 銀の靴に魔法をかけ、池の上を歩き回る。 不意に歌いたくなって、唄を歌い出す。 ♪いつまでも変わらない景色 思い出せない記憶 消え去る思い 偽りでいいから記憶が欲しい 誰か私を救ってください 私にココロを 伸ばせば届く貴方に私は触れられない 私には真っ黒な闇があるから いつか貴方は私に気づいてくれるだろうか 手を取り合って笑い合いたい 切ない思いが体を駆け巡る いつか貴方は……私を許してくれるだろうか 唄を歌い終わると、目の前にはさっきまでママと話していたベランダが見えた。 明るい光が窓から漏れている。 大きな宮殿。 綺麗な薔薇。 私はいたたまれなくなって、ダンスホールへ戻った。 中へ戻ると、沢山の男性陣に囲まれた。 「カイリ様、わたくしとダンスを。」 「いいえ、わたくしとはじめにダンスをお願い致します。」 「姫様、お手を。」 全員を振り切り、ナーシャを探す。 ナーシャも私を探していたらしく、コチラに向かって走ってくる。 「カイリ! 探したよ。どこに行ってたの?」 「ちょっと外にね。」 妖艶に微笑み、扇子を広げる。 ドレスと同じ赤の扇子もルーのオーダーメイドだ。 「もう帰りましょうか。」 ナーシャにそう提案すると、彼も同じ事を思っていたみたいだ。 苦笑しながらオーケーしてくれた。 「僕も。ダンスのお誘いが多くってさ。」 フフッと笑うとナーシャの手に手を重ね、馬車までエスコートしてもらう。 「今日のカイリは一段とキレイだったよ。」 お世辞か本音か。 ま、どちらでも良いか。 「あら、ありがとう。そう言うナーシャもカッコよかったわよ。」 真っ赤なアイシャドウを塗られた目が細くなる。 寮へつくとラットとナーシャの執事が出迎えてくれた。 「「お帰りなさいませ、カイリ様「アナスタシウス様。」」 またハモる。 「まだ夜に寮内でパーティがあるから服はこのままにしておくわ。お腹が空いたから速く夕食を準備して頂戴。」 デビュタント前より、上から目線になった私に少し違和感を抱いているラットだが、主人の命令には逆らえない。 「かしこまりました。」 ぺこりと頭を下げ、急いで夕食の準備に取り掛かる。 「僕もご一緒して良いかな?」 隣からナーシャが話しかけてくる。 やる事が山積みだがお誘いを断る訳にはいかない。 「良いわ。だけど、覚悟しておいてね。」 それだけ言うとすぐに部屋へ入っていった。
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