第1章:上野戦争

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闇夜に目が慣れた頃合いであったろうか 羽音を響かせながら()が一匹 破れた障子の穴から外の様子を見張っていた 新兵衛(しんべえ)(ほお)に止まった。 新兵衛はそれを左手でバチンと叩いて潰す。 「や…やめれ…薩長に気付かれたら命はねぇぞ 奴らがまた(きびす)を返して寺に来たらしめぇじゃ それに(わし)らは命を奪いすぎたじゃろうが…」 それを見ていた宗助(そうすけ)狼狽(ろうばい)して酷く怯えた 様子でそう言った。 泥塗れになった浅葱色(あさぎいろ)の羽織りから 垣間見える腕や脚には無数の刀傷が有り (とき)が経つにつれ宗助の息遣いが 荒くなるように新兵衛には感じられた。 ■ 幼なじみで新撰組隊士であった新兵衛と宗助が鳥羽伏見の敗戦の後、生き残った隊士らと共に 旧幕府軍に(くみ)する為、上野の『彰義隊(しょうぎたい)』に 加わったのは2日前の事であった。 戦力温存の為にも新政府軍との戦は 入念に策を練ってからというのが彰義隊 総大将である池田長裕の考えだったが 翌日早朝から始まった新政府軍の 総攻撃は苛烈を極め 彰義隊は奇襲を受ける形となった。 (あらが)う意志があるとはいえ 寄せ集めの軍隊であった彰義隊は 豪雨が降り注ぐ中、四方八方から銃砲を 撃ち込まれ統制が取れなくなるのに そう時間は掛からなかった。 豪雨による雨音が敵兵の気配を掻き消したのだろうか…宗助は新政府軍の抜刀隊と 乱戦の最中に後ろから新式のスナイドル銃で 狙われている事に気が付かなかった。 銃口から煙が立ち上ぼり轟音が鳴り響くのと 同時に新兵衛が敵兵を袈裟斬(けさぎ)りに していなければ宗助の命は無かったに違いない 結局、逃走兵の続出により(わず)か1日にして 彰義隊の本陣があった寛永寺(かんえいじ)陥落(かんらく)し 新兵衛と宗助は共に落ち延びる事と相成った。
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