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「刻がもう無い…何もすな…」
蒼紫色に変色した唇を震わせながら
新兵衛が声を振り絞ると
宗助は彼を抱き抱えたまま着ていた
浅葱色の羽織りを脱ぎ去り
「寒くねぇか?…」
それだけ言うと
新兵衛の身体に被せた。
「雨が…また降って…来やがった。
なぁ宗助…おめぇと一緒に逃散して
村を出た日を思い出すな…」
新兵衛が呟きながら夜空を見上げると
月を覆い隠していた雲が広がり
気が付かぬ内に雨が降り始めていた。
「そうだっなぁ…
俺とおめぇは百姓の三男四男坊だから
家は継げねぇ。どうせ奉公に出される
だけだ。一旗揚げてやると言って村を出て…
あぁ…あの日もひでぇ雨だったな。
二人で江戸に出て棒手振やって
魚売りながら銭を稼いでは剣術道場に通ったな
それから新撰組の噂を聞いて京に上って…
あんときゃ『剣の腕だけで立身出世する』って
おめぇも息巻いてたなぁ」
宗助が新兵衛に語りかけると
彼は弱々しく頷いた。
宗助は自分の身体に伝わる新兵衛の
心の臓の鼓動が
徐々に小さくなっていくのを感じていた。
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