第1章:上野戦争

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第1章:上野戦争

江戸は上野近くに『妙覚寺(みょうかくじ)』という山寺がある それは夜の(とばり)が下りる時分の事であった。 淡い月光に照らされながら二人の男が 誰も居ない寺の本堂に突然押し入ると 息を殺して障子戸(しょうじど)の陰に身を潜めた。 身形(みなり)は侍の様だか言葉使いや 立ち居振舞いを見ればこの者共(ものども)が 百姓/町民からの成り上がり者である事は明白だった。 人が滅多に参拝する事など無いはずの寺だが 近くで人の気配がしたかと思うと銃声が (とどろ)き闇夜の静寂を切り裂いた。 (まが)いなく寺に身を隠した者共に対する 威嚇射撃であり脅かされた方は心の臓が 口から飛び出る程の恐怖を感じ 声が出ぬ様必死に口を手で押さえていた。 やがて人の気配が消えると共に 雲が月を(おお)い隠し 本堂に射し込んでいた月光も 届かなくなった。 彼方此方(あちらこちら)蜘蛛(くも)の巣が張り巡らされ 何時建立されたか分からぬ 江戸町民からも忘れ去られた古寺は 追われる者にとっては 身を隠すに丁度良い案配であった。
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