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やはりお前は神だったのか
「やっぱり、夢オチはないか……」
目覚めてすぐ視界に入った見知らぬ天井に、最後の希望の夢オチを否定され溜息をつく。
起き上がって辺りを見回すと、そこは漫画やアニメでしかお目にかかったことのないアラビアンな宮殿で、玉座と思しき豪華な椅子には妖艶な笑みを浮かべる女性が座っていた。
異世界転移のテンプレだと、たぶんこの人はあれだろう。
「こんにちは、神様」
俺の思い切った呼びかけに、女性はたまらず吹き出した。
「ふはっ。肝っ玉がでかい小僧じゃのう。いかにも、我は創造八神が一柱、ユメリアじゃ」
「ご丁寧にどうも」
ユメリアと名乗った女性は、露出度の高い豪奢な衣装に身を包んでいた。大切な部分こそ隠れているが、多くの場所が半透明のベール越しにちらちら見えていて、純粋培養のDTにはいささか刺激が強い光景だった。
「さてさて、肝が据わっておるのは良いことじゃが、突然で説明が欲しいじゃろう。まずは説明するゆえ座るがよいぞ。それ、後ろのそなたもじゃ」
ユメリアの指がぱちんと鳴らされると、目の前に精緻な刺繍の施された絨毯が現れた。
だがそれよりも、俺にとってはユメリアの言葉のほうが重要だ。俺は物凄く嫌な顔をしながら、後ろにいるそなたを振り返った。
「だってよ、音無さん」
「こくり」
頷いたのは音無さんである。
魔法陣に捕まる時に絡み合っていたし、もしかしたらと思っていたのだが……案の定、音無さんも異世界転移に巻き込まれてしまっていたのだ。
申し訳ない気持ちでいっぱいだったが、間近で見る音無さんに胸が高鳴ってしまう。
音無さんは文句なしの美少女である。ぽってりとした唇としゅっとした顎のラインのバランスが秀逸で、おかっぱボブの艶やかな黒髪と白磁のような肌の対比が印象的だ。
俺はごくり、と喉を鳴らしながら音無さんの目を見つめた。
(よし、大丈夫だ。怒ってないぞ……)
いまいち何を考えているかわかりづらい音無さんだが、怒っている時はとてもわかりやすい。普段の半眼で眠そうな目は愛嬌があって可愛らしいのだが、一度スイッチが入ると一気に目力が増すのだ。睨むだけで人を殺せると噂の、処刑人の目になってしまうのである。
「えっと、音無さん?」
「かくん?」
音無さんは不思議そうにこちらを見つめながら首を傾げた。
その様子にユメリアも首を傾げた。
「なんじゃ、そのこくりだの、かくんだのは……その娘は何を言っておるんじゃ?」
「あーこれはその……彼女、自分で擬音を言っちゃう系の不思議ちゃんなんで……」
わかったようなわからないような表情のユメリアだが、俺もよくわからないので説明しようがない。ひとまず音無さんを優先した。
「音無さん、怒ってないよね?」
「こくり」
「とりあえず座る?」
「こくり」
「……ええと、レディーファースト?」
「こくり」
(やりづれえええぇぇぇぇぇぇっ!!!!)
魂の叫びを必死に押し殺し、俺も音無さんの横に座る。
ユメリアは音無さんの奇行は無視することにしたらしい。俺たちが座ったのを見計らい話を切り出した。
「早速本題に入ろうかの。長代守、お主には我の世界で生きてもらう」
「あー……やっぱり異世界転移ですか」
諦めた声を出した俺を、ユメリアは呵々と笑って否定した。
「異世界ではないの。元世界転移と言うべきじゃ……お主、我の世界の輪廻の輪から外れて別世界の輪に紛れ込んでおったのよ。我はそれを連れ戻しただけじゃからな」
俺はぽかんと口を開けた。
「え? ってことは、俺ってもともと異世界人?」
「そういうことよの。ちぃと深酒をし過ぎての、足を伸ばした拍子に蹴飛ばしたらどこかへ行ってしもうたんじゃ」
「行方不明になったTVのリモコンばりの適当さで言わないでもらえます!?」
ユメリアはそんな俺の言葉などさらりと無視して続けた。
「我は創造八神が一柱じゃが、他の世界もまた同格のら神が治めておる。彼奴らの世界に干渉するのは難儀でのう、魂一つ取り戻すのも骨が折れるのじゃ。ゆえに百年もかかってしもうたが……やれやれ、ようやっと取り戻したというわけじゃの」
ユメリアはそこで一度言葉を切り、音無さんを睨みつけた。
「問題はそなたよ、女」
「かくん?」
神様相手でもいつも通りの音無さんに、ユメリアは対応に苦慮するように天井を仰ぎ、小さく息を吐いた。
「よりにもよって、あの頭でっかちの民をさらうなど面倒事の予感しかせぬわ……とはいえ、来てしもうたものはしようがない。お主は我の民ではないゆえ、元の世界に戻す。準備にざっと百年かかるから、それまでこの世で暮らせ」
「こくり」
「即答!? 本当にいいの!?」
確かに選択肢なんてないわけだが、そんな簡単に割り切れるものだろうか。本当に音無さんは意味が分からない。頭を抱える俺をよそに、音無さんは平然としていた。
「よろしい。それでは、スキルを与えるぞ。本来は生きている間に行った善行によって得られるスキルが変わるんじゃが……原因を作ったのは我じゃ。今回は多少のおまけをしてやるから感謝するがよいぞ」
「スキルですか」
(ここでハズレを引くのはまずいな)
異世界に渡るのが確定事項なら、できるだけ楽に生きたい。泣いても叫んでも無理なんだから気を引き締めろと、頬を叩いて気合を入れ直した。
「それ、好きに選ぶがよいぞ」
ユメリアはそう言うと、再び指をぱちりと鳴らした。
それを合図に豪奢な壁が勢いよく遠ざかり、白い地平線の向こうに一瞬で消えて行った。かと思えば、その地平線の向こうから勢いよく何かが近づいてくる。それはみるみる距離を詰め、俺たちの前でぴたりと止まった。
「すげえ……」
「こくり」
世界の果てまで続いているのではと錯覚するほど大量の棚、棚、棚だ。そのすべてにぎっしりと本が詰められていて、背表紙には【剣術】だの【槍術】だのと記載されていた。恐らく読めばスキルが手に入るのだろう。
「って、多くない? ここから探すの!?」
ユメリアはやれやれと首を振った。
「自分が望む未来を思い描き、手を伸ばせ。それでお前の望みに相応しいスキル手に入るようになっておる。自分で探すのも良いが、それは世界から針を探すようなものじゃぞ」
「うわぁ、規模がでかすぎるぅー」
砂漠じゃなくて世界ときた。
絶対無理なやつだと一発で分かり、俺は速攻で楽なほうを選ぶことにした。ちょっとらにやついてしまうのはご愛敬だ。異世界転移など気乗りしないが、スキルというパワーワードに心が躍らないオタクがいるだろうか。
(さて、俺の望みに相応しい物が手に入るとか言ってたな。俺の望み、俺が欲しい物……うーん何かな。力は必須か。剣‥‥‥できれば聖剣がいいな、かっこいいし。あとは魔法? いや、料理無双もありか? 父さんと母さんから叩き込まれた物づくりとか家事はスキルなんていらないし……)
そこまで考えて、俺の頭に彗星のごとく現れたのは一つの願望だった。
「俺、彼女欲しい」
正直な気持ちだったのだが、ユメリアはかわいそうな眼差しで俺を見た。
「直球じゃの。まあ、お主これっぽっちもモテんかったようじゃしな」
「ほっといてください!?」
「いや、褒めておるんじゃぞ。お主のモテなさぶりは筋金入りじゃ。むしろ女難と言えるな。我の世界にいたころから死因はすべて女絡み、たった百年の異世界放浪で五回も死んでおる。それも毎回DTじゃ。これはもう一種の呪いじゃのう」
「ふぐうぅぅぅっ」
地面に崩れ落ち、込み上げる涙に視界が歪む。
「そんな人生あんまりだよ……俺だって女の子にめちゃモテたい! 異世界なんだから俺を愛してくれる女の子がいたっていいじゃない! ケモノっ子とかさ! 悪魔っ子とかさ! もう人間とか贅沢言わないから、神様仏様ユメリア様……あ?」
叫びを止めたのは、脳内に響く無機質な女性の声だった。
【受理されました。スキルが付与されます】
「え、ちょ、マジで!?」
マジらしい。
本棚から飛び出した本たちが俺の周りをくるくると回り始めた。
【超級スキルを獲得しました。スキル名:聖剣の担い手】
【超級スキルを獲得しました。スキル名:愛の狩人(特殊)】
【上級スキル……善行が足りません。下級スキルで代替します】
【下級スキルを獲得しました。スキル名:四源魔法】
【下級スキルを獲得しました。スキル名:製作】
【下級スキルを獲得しました。スキル名:調理】
【下級スキルを獲得しました。スキル名:裁縫】
【下級スキルを獲得しました。スキル名:洗濯】
【特定スキルの取得により上位スキルを獲得しました。スキル名:主夫】
「うおぉぉっ凄いの来た! 聖剣の担い手? 愛の狩人!? たぎってくるぅぅぅっ」
後半はしょぼそうなものが並んでいるが、前半の凄さですべて良しだ。俺のオタク心はすべて納得して大喜びである。
飛び跳ねる俺を尻目に、ユメリアは音無さんに視線を向けた。俺も慌てて姿勢を正す。
「そなたの番じゃぞ」
「こくり」
突拍子もない行動をするかと身構えたが、音無さんはあっさりと頷いた。
だが、そこは音無さんクオリティ。手を伸ばすことなく背表紙を一冊一冊確かめながら本棚の間を歩き始め、俺は思わず背中に声をかけた。
「ちょ、ちょっと、どこ行くの? 欲しいスキルを願えば自動的に出てくるよ!?」
だが、音無さんはこともなげに言う。
「自分で探す」
「え、ええええぇぇぇ……?」
そんな馬鹿なと思ったが、ユメリアはあっさりと認めてくれた。
「放っておけばよいじゃろう。スキルの量は膨大で、一年や二年で探せる量ではないわ。数日もすれば無謀を悟るじゃろうよ。それより、お主はもう用がないじゃろう、さっさと行け」
「は?」
ユメリアが手を振ると、俺の足元に見慣れた魔法陣が現れた。
「え!? もう!?」
「その娘と違ってお主はもう決まったじゃろうが」
「こ、心の準備とか、色々……!」
必死に懇願するが、ユメリアの意地の悪い笑みに無駄を悟らざるをえない。
「当たって砕けろじゃ。おまけで多少マシな生まれにしておいてやる。それ、行ってこい」
「く、くっそおおぉぉぉぉぉぉっ!?」
そして、俺の意識は光に飲まれ……目が覚めた時、俺は王子だった。
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