ワンコインホテル

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ワンコインホテル

 あらゆるホテルが密集する街、タイトウク。  そこには最高級から最底辺まで、ありとあらゆるホテルが存在しいていた。  様々な観光地が近いために多くのホテルが建てられたのではと、どこかのコメンテーターが言っていたのが記憶に新しい。  タイトウクのほぼ中央にそびえ建つ最高級ホテルのラライヤ・ホテルを中心にホテルは周りに建ち並んでいた。  そこから離れていく程、ホテルの質は下がっていく。  街の人々はその様を、〝天国と地獄〟と呼んでいた。  その〝天国と地獄〟に足を踏み入れる男がいた。  男の名前はソーヤ・アライ、自らが立ち上げた個人事務所を持つ、税理士だ。  大通りを挟んで、並び立つホテルを見上げてソーヤは大きく息を呑んだ。  ホテルからは煌びやかな光があふれ出し、対面にあるホテルのガラスに反射してソーヤの視界を襲う。  ソーヤは光に顔を逸らして、強張らせる。  鞄を持った手の腕に付けられた腕時計を見て、時間を確認すると時計の針は七時を指していた。  まだ約束の時間までは、だいぶ余裕があるな。  ソーヤは先に夕飯を済ませてしまおうと考え、辺りを見回す。  だが、どこを見ても目に入るのはホテルばかりだった。  頭を掻いて悩むソーヤだったが、ホテルとホテルの間に視線を向けると、小さく構えた料理店を見つけた。  大きなホテルに挟まれたその料理店は、申し訳なさそうな佇まいでひっそりと建っていた。  看板もホテルの明かりよりも弱く、かろうじて読めるくらいだった。  ソーヤは料理店に入り、注文をして席で待っていると、赤いバンダナを巻いて口ひげをたくわえた人物がソーヤの前に料理を運んできた。  その男はこの店の店主だった。  ソーヤが料理を食べていると、店主がソーヤに話しかけてきた。 「お客さん、今日はここらのホテルに泊まるのか?」  ソーヤは料理を食べ終え、水を飲んで胃に流し込んでいく。 「ああ、まあこれから向かうところだよ」  紙ナプキンで口を拭いていると、店主はカウンターにぐいと身を乗り出した。 「なら、一つ教えといてやろう。リペアンド・ホテルだけはやめときな」  ソーヤは首を傾げて、不思議そうな顔になる。 「……なぜ?」  店主は綺麗に食べ終わった後の食器を下げながら言った。 「良くも悪くも硬貨一枚分ってとこさ」  店主は食器を持って、厨房に戻っていった。  ソーヤはその店主の後ろ姿を、ただ茫然と見つめていた。  ソーヤは腕時計を見て時間を確認する。時刻は七時四十五分。  ソーヤはカウンターの反対の壁に掛けていたコートを羽織り、支払いを済ませて店を出た。       * * * * * * * * * * * * * *  〝天国と地獄〟の中間あたりに一際異彩を放つホテルが建っていた。  隣にあるホテルよりはやや小さいが、見かけは至って普通のホテルだ。  だが正面玄関の前に来て、ソーヤは面食らった。  入口の両隣には、マーライオンの像と松の木が並んでいた。  他にも西と東の文化が入り混じっていて、ソーヤはその世界観に動揺を隠せなかった。  ソーヤは正面玄関の上に付けられたホテルの名前を確認する。  リペアンド・ホテル。  ホテル名は英語で可愛らしく丸文字で書かれていた。  ソーヤは眉間を指で少し揉んで、自動ドアを通り抜けた。  中は普通のロビー、とは言えなかった。  一番最初に目についたのは、あまり高くない天井からぶら下がっているシャンデリア。  そして、趣味の悪い黄色と紫を使った壁紙だった。  シャンデリアが照らすロビーの中をソーヤは歩いて、フロントへ向かう。  フロントでは、ソーヤの前に宿泊の手続きをしていた別の客がいて、受付嬢がルームキーを渡して見送っていたところだった。  受付嬢がこちらに気づき、ソーヤの方に体を向ける。 「いらっしゃいませ、チェックインでよろしいでしょうか?」 「八時に約束をしていたソーヤ・アライという者です。オーナーをお願いします」 「当ホテルのご利用は初めてでしょうか?当ホテルはー」 「あの、そうじゃなくて」  ソーヤの話を聞いてないかのように、話し続けた受付嬢にソーヤは言った。 「はい?チェックインではなかったでしょうか?」 「ええ、八時に約束をしていたソーヤ・アライという者です。オーナーをお願いします」  ソーヤは受付嬢に名刺を渡した。受け取った受付嬢はにっこりとほほ笑んだ。 「オーナーですね。少々お待ちください」  受付嬢は手元に置いてあった固定電話の受話器を取り、番号を押しいていった。  受付嬢は受話器を耳に当てて、口笛を吹いている。  ソーヤは心配そうな表情で受付嬢を見つめた。 「あ、フロントです。オーナーは......あ、すみません。間違えました」  ガチャンと受話器を置いて電話を切った受付嬢は改めて番号を押そうとしたが、ピタリと止まった。 「......オーナーへの内線って何番でしたっけ?」 「......僕が知るわけないじゃないですか......」 「あ、そうですよね!失礼しました!」  受付嬢が勢いよく頭を下げると、デスクの出っ張った部分に頭をぶつけた。痛っ、と受付嬢が声を漏らして頭を押さえる。綺麗に揃えられていた前髪が真ん中で分かれている。  それを見てますますソーヤは心配になった。  フロントのデスクに内線表があるのを見つけた受付嬢は、それを確認しながら番号を打ってまた相手が出るのを待ちながら口笛を吹いている。  ソーヤがフロントの壁に掛けられている時計を見ると、時刻は八時を回っていた。  一体取り次ぐだけで何分かかるんだろうか、少しイラつき始めたソーヤに受付嬢が声をかけた。 「ソーヤ様」 「あ、はい」  受付嬢の声に、ソーヤは少し遅れて返事する。 「オーナーが七階に上がってきて頂きたいと、そちらのエレベーターからお上がりください」 「ありがとう」  ソーヤは受付嬢に礼を言って、受付嬢が差し出した方のエレベーターへ向かう。  エレベーターに乗ると、中は僅かな明かりだけだったが後ろから強烈な眩しさを感じた。  エレベーターの背面は全部ガラス張りで、タイトウクの夜景をエレベーターから見ることができた。  ソーヤが夜景に目を奪われていると、チン、と音が鳴ってエレベーターが七階で止まる。  ゆっくりと開いたドアの先には、坊主頭のまん丸な体をした男が両手を広げて待っていた。 「ようこそ!お待ちしてましたよ!ソーヤさん!」  皺一つないくらいにピッチピチな青と白のストライプのスーツに身を包んだ、この男こそがリペアンド・ホテルのオーナー、ヤンジだ。  ソーヤは苦笑いをしながら、エレベーターから降りた。  七階には宿泊する部屋はなく、オーナーの部屋と応接室、そして経理と総務の部署があるくらいだった。  ソーヤはヤンジに連れられて、応接室に入っていく。  高級そうな三人掛けのソファーに対面で座って、ヤンジはパイプを口に咥えて、マッチで火を付ける。  やがて口からもわっと煙が出てくる。 「ソーヤさん、ご足労頂いてすみませんね」 「いえいえ、とんでもない。せっかく頂いた仕事ですから、こちらから伺いますよ」  ヤンジはその言葉を聞いて、にんまりと笑った。  パイプを再び口に咥えて、煙をさっきより長く吐いた。 「ちなみに、当ホテルのことはご存知でしたか?」 「申し訳ありませんが、名前だけしか……」  ソーヤは料理店の店主の言葉が脳裏に浮かんだが、すぐに頭から消し去った。 「ではご説明いたしましょう。当ホテルはですね、全て硬貨一枚で取引されているんですよ」  ソーヤは耳を疑った。ヤンジの口から信じられないことが聞こえてきたのだ。  ソーヤは復唱するようにヤンジに聞き返した。 「……硬貨一枚?」 「そうです!宿泊代はもちろん、ルームサービスなど当ホテルが提供するサービスをはじめ、全てワンコインです!」 「……はぁ」  にわかに信じがたいソーヤは、ヤンジに置き去りにされたような感覚になる。  だがヤンジの言葉を思い返して、ソーヤは引っかかることがあった。 「ヤンジさん、……僕が呼ばれた理由はひょっとして経理の人手が足りないとか?」 「おお!分かりますか!さすがですな!」 「いやまあ、何となくですけど」  ソーヤはワンコインという単語に引っかかていた。もし本当に全ての取引をワンコインでしているなら、領収書や請求書など、様々な書類が膨大な量に違いない、とにかく小分けにしているに違いないと勝手な推測をソーヤはたてた。  ソーヤは少し嫌な予感がした。 「実は経理の人間が誰もいなくなってしまって……もう本当に困ってまして!なのでソーヤさんに依頼したのです!!」 「な、なるほど」  ヤンジはただでさえ大きい声を更に張り上げ、身を乗り出してソーヤに近寄る。  その声に驚いたソーヤは思わずぴくんと体を動かして、ヤンジから離れるように後ろにのけぞった。 「引き受けて頂けますね?」 「……ちなみにどれほど残っているのですか?」 「ああ、後ろにありますよ」  ヤンジが振り返らずに、親指を立てて手を後ろに向ける。  ソーヤが体を逸らして見てみると、そこには机の上に三つに分かれて山のように盛り上がっている紙が置いてあった。 「え?あれですか?」 「ええ、あれです」  ソーヤはもう一度、紙の山を見てヤンジに向き直る。 「……本当に?」 「本当です」 「……期限、四日後なんですよね?……」 「だから困ってたんです」  その時、ドアをノックする音が聞こえて二人がドアの方に振り向く。 「よろしいですかな?」  ソーヤはどうぞと言わんばかりに、頷きながらヤンジに向けて手を差し出した。 「入れ」 「失礼します」  ドアが開くと、コック帽をかぶり、白いコックコートに身を包んだ青年が入ってきた。  ソーヤが青年を見ると、青年の手には水道管のようなものを持っていた。 「オーナー、水道管が破裂してキッチンと食堂が水浸しです。修理を呼んでよろしいですか?」  オーナーは青年に体全体を向けて、指を差す。 「ダメだ」 「え?」  ソーヤはヤンジの一言に驚いて、勢いよくヤンジの方に振り向く。 「確かアルバイトに、水道工事やってた奴がいるだろ。そいつにやらせろ」 「分かりました」  青年は頷いて、颯爽と部屋から立ち去って行った。  不思議そうに見つめるソーヤにヤンジが気付いては、真剣な表情で言った。 「何ごともすぐに任せてはダメなんです。まずは自分からできることをしないと」 「はぁ……」  すると、またドアをノックする音が聞こえてきて二人がドアの方に振り向く。 「よろしいですかな?」 「ええ」  ソーヤはテーブルに置かれていたお茶に手を伸ばして飲み始めた。 「入れ」 「失礼します」  次に部屋に入ってきたのは、くすんだ青のジャケットにスカート姿で後ろに髪を束ねた女性だった。手には汚れた白のシーツを持っている。 「オーナー、お客様が料理をベッドの上にこぼしてしまって、シミが出来てしまいました。クリーニングに出してよろしいでしょうか?」  オーナーは女性に体全体を向けて、指を差す。 「ダメだ、まず大浴場で洗ってこい」  その言葉に、ソーヤはお茶を口から盛大に噴き出してしまった。そして手で口を押えながら咳き込む。ヤンジと女性はソーヤを心配そうに見る。 「ゴホッ、し、失礼」  ヤンジは、再び女性の方を向いて指を差す。 「いいか、クリーニングなんぞ使うな。自分で洗って落とせ」 「分かりました」  女性は頷いて、コツコツと足音を立てて部屋から出て行った。  ソーヤが怪訝そうな顔でオーナーを見ていると、オーナーはほほ笑んで言った。 「大丈夫ですよ、もちろん大浴場を閉めた後に洗いますから」 「……そういう問題じゃないと思うんですけど……」  そしてまたもや、ドアをノックする音が聞こえてきて二人がドアの方に振り向く。  ヤンジがゆっくりと、にやけながらソーヤの方を向く。 「いいですよ、入れてくださいよ、もう」  ソーヤがぶっきらぼうに言うと、ヤンジは更にいい笑みを見せて入るように、ドアの向こう側にいる人に言った。  するとドアが少し開いて、そこからやつれたような表情をした男が、顔を覗かせた。 「あの……こっちの経費や領収書類は終わったんですけど……後どのくらい残ってるんでしょうか……?」  ヤンジは、やつれた男を見て立ち上がり、男の方へ歩み寄っていく。 「ツネヤ君!実にお疲れだな!だがもう大丈夫だ!こちらの先生に手伝って頂くのだ!」  ヤンジが男の肩を掴みながら、ソーヤの方を指さす。  ソーヤは、一連のことに呆気にとられていた。 「え?私はまだやるとは―」 「実に辛かったよな、寝る間も惜しんでありとあらゆる書類に追われて、身も心も  削られてしまったであろう、それを見捨てるような人がもし、もしも居たのならばそいつは人殺しも同然だ!」  男に向き直って止まることなくしゃべっていたヤンジが、ちらりとソーヤの方を向いた。 「……引き受けて頂けますよね?」 「……ええ」        * * * * * * * * * * * * * *   ホテルの七階にある経理部の部屋は、人であふれていた。あちこちからパソコンを叩く音と電卓を叩く音が聞こえてきて、その中にソーヤはいた。  止むことを知らないその音の合間に、人の怒号にも似た声が飛び交っていた。 「おい!領収書が二枚足りないぞ!これじゃ計算が合わねえよ!」 「いやーー!!せっかく途中まで決算報告書を書いてたのに!!」  紙という名の暴力がこの部屋にいる人たちに容赦なく襲い掛かる。  ソーヤも、もれなくその暴力を受けており昨日の夜から作業に入り始めて、既に十三時間が経とうとしていた。  終わらない決算報告書に、未だ山が崩れないでいる領収書などの紙が目に入って気が滅入ってくる。 「そっちはどうですか?ソーヤさん」 「全然だ、何でこんなになるまで放っておいたんだか……」 「それは……オーナーがああですから……」 「なるほど、分かりました」  ソーヤに話しかけたのは、応接室に入ってきた男、ツネヤだった。  彼もまたこの負のスパイラルの中に囚われている。  そして、部屋の壁に立て掛けられていた大きな時計が十二時をさして、ゴーンと鐘が鳴る。  鐘が鳴った瞬間、ソーヤ以外の部屋にいた全員の表情が変わる。 「ソーヤさん、備えてください」 「え?何に?」 「彼女が来ます」 「は?彼女?」  ソーヤが訳も分からず困惑している中、部屋の中にいる人たちが一斉に立ち上がってそそくさと動き回る。 「おい!そっちにそのカバーをよこせ!!」 「誰か入口見張ってろよ!」  さっきまで死んだ魚の目をしていたのが嘘のように、部屋の全員が熱の入った声を掛け合い、真剣な眼差しになっている。  その時、部屋の外ではエレベーターが動いていて、まっすぐ七階に向けて上ってきていた。 「おーい!上がってくるぞー!!」  部屋の入口に立っていた男が放った言葉に、一同はピタリと止まって臨戦態勢に入る。  ソーヤがまだ困惑していると、隣にいたツネヤが小さい声で声をかける。 「ソーヤさん、フロントのドジな女の子知ってますか?」 「それって、綺麗に揃った前髪ぱっつんの子?」 「そいつが来ます」  ソーヤはフロントでの出来事を思い返して、今この部屋の雰囲気のことを妙に納得してしまった。 「……あー、分かりました」  チンと鳴ってエレベーターが開く音が聞こえた。  こつこつと足音が少し聞こえた次の瞬間、部屋のドアが勢いよく開く。 「みなさん!昼食をお持ちしましたよ!」  あの受付嬢がカートに料理と飲み物を乗せて部屋に入ってくる。 「レイカさん!それ!そこに置いといてください!」  部屋の全員が頷いた。しかし、レイカは首を横に振った。 「いえいえ、ちゃんと中まで持っていきますよ!大丈夫です!もう失敗はしませんか―」  その時、レイカは自分の足に引っかかり、前のめりに倒れこんだ。  レイカの手から離れたカートは勢いよく前に進んできて、決算報告書やパソコン目掛けて向かってきていた。  だが、それにいち早く気付いたソーヤとツネヤが駆け寄って、カートを体で受け止める。他の人たちは、書類が汚れないよう、防水の厚いカバーを横いっぱいに広げて、パソコンと報告書を死守する。  無事に守り切ったパソコンと報告書の姿を全員が確認すると、ホッと胸をなでおろすように一息ついた。  床にぺたりと膝をついて座っていたレイカが言った。 「ご、ごめんなさーい……」  そして彼女は部屋からつまみ出された。ドアが力強く閉められて鍵をかけた。  ソーヤが手をはたきながら、一層疲れた顔になって言った。 「……君たちの苦労が分かるよ」  レイカの一件の後、ソーヤたちは再び作業を再開させた。外はすっかり夜になっていて、カーテン越しに街の明かりが入ってきた。終わりが見えてきたこともあり、ソーヤは作業を手伝ってくれた人たちに休むように言って、それぞれ寝かせていた。  ツネヤにも休むように言ったが、彼は頑なに拒んだ。 「ツネヤ君、あとどれくらいだい?」 「あと、二ページ打ち込めば終わりです」 「そうか、人間死ぬ気でやればどうにかなるもんだな」 「ええ、全くです。ソーヤさんが来てくれなかったら僕たちは路頭に迷うところでした」  ソーヤは少し照れ臭そうに言った。 「そんなことはない。君たちが手伝ってくれたからここまで来れたんだよ」 「ソーヤさん……」  ツネヤの顔が感慨深そうになる。 「そういえばこの経理部の人間は何人いるんだ?」 「一人です」  その言葉にソーヤは目を丸くして驚いて、思わず作業の手が止まる。  ソーヤは顔を上げて、ツネヤに改めて聞く。 「一人?」 「ええ、一人です」 「じゃあ作業していた他の人たちは?」 「ロビーボーイとか清掃員とかコックとかコンシェルジュです」  ソーヤは愕然とした。 「……経理部の人間はどこに?こんなになるまで助けを呼ばないなんて……」 「ここですよ」 「え?」  ツネヤは顔を上げて、ソーヤに向かって言った。 「僕ですよ、経理部」  ソーヤは言葉を失った。開いた口が塞がらなかった。 「何というか最初は大丈夫だろと思ったんですよね。期日まで余裕がありましたし、そしたらもうびっくりしちゃいましたよ!もう期日がすぐじゃんってね」  ツネヤが笑いながら言った。  ソーヤは苦笑いをしながら言った。 「……そうか、そうだよねー……」  そこで会話は途切れ、また部屋の中にはパソコンを打ち込む音だけが響いた。      * * * * * * * * * * * * * *   翌朝、太陽が昇ってきて部屋に日の光が入ってきていた。  ツネヤはいびきをかきながら、机に突っ伏して寝ており、ソーヤは丁ちょうど決算報告書を書き上げて、拳を高く上げてガッツポーズをした。 「……終わった、終わったぞ!!あっはっはっは……」  目の前で寝るツネヤが視界に入り、ソーヤから笑顔が消えた。  そしてスイッチが切れたように、勢いよく机に倒れていった。  意識を失う前に、ソーヤはぼそりと呟いた。 「……ろくな奴がいねぇな。このホテル」       * * * * * * * * * * * * * *   「いやぁ、本当にありがとうございます!」  そう叫んだのはヤンジだった。ヤンジはソーヤの手をぎゅっと固く握ってぶんぶん振っている。 「いえ、これくらい屁のツッパリですよ」  目の下に色濃くできたクマが出来ていたソーヤは、立っているのが限界だった。 「助かりましたー!ソーヤさん!」  ヤンジの後ろではツネヤが頭を下げている。  仕事しては関わりたくないけど、人間としては面白いのかもな。  ソーヤは意識があまり保てていない中でそんなことを思った。 「おっと、そうだ。ソーヤさんこれ受け取ってください」  ヤンジがソーヤの手を放して、背広の中のポケットから茶封筒を取り出し、 手渡す。  報酬だ。さぞかしたんまり入っているんだろう。  ソーヤはそう思いながら受け取ると、なぜか妙に軽い。それどころか茶封筒の中で何かが転がっている。  嫌な予感がしたソーヤは、茶封筒を開けて中身を取り出す。  出てきたのは五百円玉一枚だけだった。 「……冗談ですよね?」  ソーヤは五百円玉を手に持ってヤンジに問いかける。 「いえ、冗談じゃありませんよ?」 「……本当に?」  ソーヤが再び尋ねると、ヤンジはにんまり笑って答えた。 「ソーヤさん、当ホテルのことは最初に説明したじゃありませんか」
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