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15
電車に乗ることなく、田野は1時間の道のりを駆けた。何故か途中で疲れを感じることなく自由が丘に辿り着く。駅前の派手なロータリーを抜けてジーンズの裾をぐっしょりと濡らした田野はレ・クオーレがある路地に入り、スピードを落とした。呼吸を整えてからカフェの明かりに向かう。既に閉店時刻となっていた。
少しだけ薄暗くなった店内を眺めると、岸辺が1人で箒を掃いていた。黒のポロシャツにベージュのチノパン、黒縁の伊達眼鏡をかけて長髪を縛っている。意を決して田野はガラス張りの扉を開いた。入店を知らせる鈴の音が鳴る。
「すみません、今日はもう…」
そう言いながら顔を上げた岸辺は、田野を見て目と口をあんぐりと開けた。箒を投げ捨て慌てた様子でこちらに駆け寄ってくる。
「どうしたんだ、すごい濡れてるじゃないか。」
どこから拭いていいのか分からないといった様子で岸辺は体中に目をやった。そうだ、彼はこんなにも優しいのだ。
「とりあえず裏にタオルがあるから、服脱ぎなさい。多分着替えもあるはずだ。」
一度だけ頷き、田野はテーブル席とカウンターを抜けてスタッフルームに向かった。珈琲豆で肥えた麻袋の裏に回って服を脱いでいく。特にお気に入りというわけでもないグレーの下着が黒く変色していた。自分のロッカーを開けてハンドタオルを手に取り、湿った体表を乾かしていく。
「大丈夫か、寒くないか。」
扉の向こうで岸辺の声がした。彼の声だけで体の芯から温まりそうになるのだから、自分はよほど彼に惚れているのだろう。タオルをロッカーの中に戻し、田野は生まれたままの姿でスタッフルームの扉を開けた。
「おい、そのまま歩くな。風邪ひくぞ。」
慌ててスタッフルームに入って扉を閉めた岸辺は、相変わらず心配そうな目でこちらを見ていた。この優しさが、声が、匂いが、狂うほど愛おしい。田野は思わず彼に抱きついた。濃厚な肌のフレグランスを嗅ぎながら言う。
「恭一さん、触ってください。私の隅々まで。」
今まで彼に愛撫を依頼することは、かなりハードルが高いと感じていた。しかし言葉にすれば意外にも呆気ない。気持ちを伝えることの大切さを改めて実感した。
岸辺は黙り込んでいた。しかし次第に彼の腕が背に伸びていく。あの落ち着きのある声がした。
「分かった。」
おそらく勃起不全のまま女性を愛撫することは、自分が機能しないことを浮き彫りにしてしまうのかもしれない。しかしそれでも自分の中に触れたら、性を思い出すのではないか。そんな希望的観測がしっとりと田野の膣を濡らした。
徐々に岸辺の腕が下に落ちていく。小ぶりな尻に指先が触れると、薄い電流が体中を駆け巡った感覚があった。彼の匂いを嗅ぎながら、彼に触れながら触れてもらう。数秒後に世界が消滅したとしても心残りがないほど田野は全身で充実感を味わっていた。
「こんなに濡れてるのは、なんでかな。」
肉の割れ目から指先を忍ばせ、花弁に軽く触れる。田野は快感と声を押し殺していた。
「雨、です…。」
「そうか。随分ねっとりとした雨が降っていたんだね。」
優しく声で刺激する彼に溺れてしまいそうだった。やがて彼の指先が秘部の腹を這って陰核に到着する。その時に田野は今までに感じたことのない感覚を知った。
「あっ、だめ、いく。」
膨張した小さな珈琲豆を指先で弾かれ、びりっとした波が脳天に達する。最大瞬間風速を叩き出した絶頂に体が震え、岸辺に包まれながら喘いだ。ゆっくりと顔を上げ、自分でも眉尻が下がっていることが分かる。息を切らしながら言った。
「おかしい、恭一さんに触ってもらっただけで、こんなに…。」
たまらなくなって田野はその場にしゃがみ込んだ。有無を言わせずチノパンのファスナーをおろしてやる。岸辺は抵抗しなかった。
ボクサーパンツの隙間から彼自身を取り出す。力無く項垂れた筍は先端をしっとりと濡らしていた。あまりにも高いところにある彼の顔が照明のせいか薄暗い。気付けば田野は大粒の涙を流していた。
「昼間はごめんなさい…私、どうかしてました。自分に強がって嘘をついて、こんなにも恭一さんが大切なのに…私は恭一さんじゃないとダメなんです…。」
口いっぱいに彼のペニスを頬張り、田野は持てる限りの技術で岸辺自身を弄った。舌先、口裏、歯に至るまで彼の味を知る。何故男女共に、性的興奮を覚えると潮の香りがするのだろうか。海から生まれた自分たちにとっては至極当たり前のことなのかもしれない。口の中に広がった海に唾を塗って、彼の腰を掴む。一切の膨らみを見せない彼のペニスを頬張り続けると、岸辺は優しく声を降らした。
「ありがとう、有紗。嬉しいよ。だけど無理はしなくていいんだ。」
認めたくなかった。まだやれる、まだできる、必死な思いで彼のペニスに舌先を這わせた。その時だった。
大勢の小人が一斉に彼の腰を蹴ったように、岸辺が突然びくんと跳ねた。すると口の中で柔らかいままだったペニスが突然硬度を宿していった。封印されていた龍が大地を揺らして眠りから覚めるように、ぐんぐんと膨らんでいく。驚きのあまり見上げると、彼も驚いている様子だった。突然叩き起こされた少年のようにこちらを見ている。岸辺は驚きに任せて言った。
「何だ、びりっとした電流が走った感じだ…。」
熱と硬度を宿したペニスを解放させ、念のため少し時間を置く。打ち上げられた魚のように跳ねていた。一度きりの偶然ではない。岸辺は確かに性を取り戻したのである。
「私も恭一さんに触ってもらった時、そんな感じでした…。」
ゆっくりと立ち上がって彼のペニスを掴んだまま、2人はこの空間に酔いしれていた。くらっと酩酊したまま、どちらかともなく唇を重ねた。
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