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「それで、年上の男性ってどうなの。」 やたらと天井が高い学食の真ん中で、中村花音が言った。彼女の前には色の薄い生姜焼きが並んでいる。意外にも香り高く、食欲をそそった。田野有紗の前にはサルサソースがかかったハンバーグ。野菜はぶつ切りだ。白い箸で形を崩し、ソースをこぼさないように頬張る。ピリッとした辛味と香ばしい肉の風味がうまい。田野はゆっくりと咀嚼した後に言った。 「すごい優しいよ。包容力もあって、頼り甲斐があるって感じ。」 田野の周りで小さな歓声が上がる。昼休みということもあってか学生だけでなくサラリーマンの数も多く見られた。田野の隣でコーンスープを一口啜る小島可奈子は片手で携帯を操作しながら言う。 「やっぱり同い年よりもいいのかなぁ。最近遊んでいる人皆子どもっぽく見えちゃう。」 次は共感の声が上がった。精神年齢によるものだろうか、女性は常に男性を下に見る節がある。体つきと反比例していくのかもしれない。 田野の通う令橋大学は都内のビル群に埋もれているように建っており、比較的シンプルな外壁だった。ガラス張りの食堂は活気付いている。選ぶことができるライスは五穀米だった。辛味のある肉と同時に咀嚼することでより良い風味が口いっぱいに広がる。中村は退屈そうに皿の上を箸でつついた。飴色の玉ねぎが移動する。 「でもさ、よくバイト先の店長と付き合おうと思ったね。中々出来ない判断だよ。」 けたたましく大学の壁を叩きつける雨は勢いを止めることはない。つんと香る雨の匂いが足元から漂った。ピンクの傘は先端から雨粒を垂らしている。新品のスニーカーにつかないように、田野は足を組んだ。 「だって面接の時に一目惚れしちゃったんだもん。」 「大丈夫だよね、家庭がありましたーみたいな展開にはならないよね?」 心配そうに顔を覗き込みながら言う小島を見て、他の2人は声をあげて笑った。少しくらいボリュームを上げたところで食堂の喧騒には負けてしまう。 「しっかりとフリーだよ。」 ほっと胸を撫で下ろす小島の後に続くかのように、今度は中村がアクションを起こした。かなり膨らんだ乳房がテーブルの上に上陸する。黒い薄手のセーターということもあってか、2隻の黒船のように思えた。 「一番聞きたいのは夜だよ。どうなの、やっぱり激しいの。」 その言葉に田野の心は鎖国を始めた。最も聞かれたくない内容である。慌ててハンバーグを崩した。サルサソースがごろごろと零れ落ちる。 「いや、それはまぁ…。」 「何。勿体振らないで。優しいのか激しいのか、それだけで話は変わってくるんだから。」 性の話を聞いてくる女子大生のペリーから視線を剥がし、田野は蒸した肉の塊を頬張った。江戸幕府の役人もこんな気持ちだったのだろうか。200年前に想いを馳せる。なるべく時間をかけて咀嚼し、田野は言った。 「秘密。だって秘め事って言うでしょ。」 落胆の声が上がる中、田野はペリーのリアクションを見て一息ついた。これで納得してくれただろう。彼とはまだ一度もセックスをしていないとは言い出せなかった。それでも隣にいたいと思わせる彼を思い出し、田野は顔を伏せて微笑みを殺した。
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