終末のドラキュリア

６－５

　リリアの剣がルシアの首を狙う。ルシアは左手の小剣でリリアの斬撃を弾いた。
　弾かれた勢いを利用してリリアはくるりと体を回転させると、連続で斬撃を見舞った。ルシアは後ろに下がりつつ、小剣でリリアの刃を受け流す。ルシアが小剣だけで攻撃を防ぐのには理由があった。ルシアが右手に持つ長剣は、よく鍛錬された鋼鉄製とはいえ、ごく普通の剣である。レガリアの剣の斬撃には耐えられないのだ。
　ルシアは小剣でリリアの剣を受けながら、反撃の機会を伺っていた。が、リリアは隙を見せなかった。舞の回転を基本にしたリリアの剣さばきは、剣速が速く絶え間がない。斬撃を払った直後、またすぐ次の斬撃が飛んで来る。
　隙がないというのならば、作ってやるしかないな。
　ルシアはリリアの剣が小剣に触れたとき、力を込め、リリアの剣を押した。リリアの体勢を崩そうとする。が、リリアの柔軟な肢体はしなやかな動きでルシアの剣圧を吸収した。
　体勢崩しに失敗したルシアは、左腕を引いた。が、強く押し出していたせいで動作が一瞬遅れる。引き遅れたルシアの左手の甲を、リリアの剣が斬り付けた。籠手が割れて血が噴き出す。
　左手を負傷し小剣での防御ができなくなったルシアへ、リリアが追撃を仕掛けた。勢いよく回転し、ルシアの左面へ斬撃を放つ。
　リリアの剣がルシアの左腕を斬り落とそうとしたとき、リリアの剣速が急に落ちた。勢いを失ったレガリアの剣は、ルシアがまとう鎧の肩当に弾かれる。
「くぅっ」リリアが顔をしかめた。「こんなことって⋯⋯」
「初めて見る剣技に少々翻弄されたが、欠点がわかれば対処は難しくない」ルシアはリリアの足元を見る。
　ルシアの右足が、リリアの左足を踏んでいた。リリアの動きの基本は回転である。つまり、激しい竜巻でも中心はそれほど風が動いていないのと同じく、リリアの軸足は上半身ほど激しく動いていない。それに気づいたルシアは、リリアの軸足を踏みつけ、リリアの舞の勢いを止めたのだ。
「君の剣の舞、なかなか見物だった。これはチップだ、受け取れ」
　ルシアはリリアの脇にひざ蹴りを食らわせた。リリアの体が後方へ飛ぶ。
　リリアが倒れている間に、ルシアは左手の傷の具合を調べた。骨までは斬れていないが、傷は深い。もしルシアがまとっているのがレガリアの鎧でなければ、左手は斬れ落ちていただろう。
　急所に受ければ一撃だな。
　ルシアはレガリアの鎧の装甲を操り、傷を圧迫した。応急的な止血をすると、リリアを見る。
　リリアはすでに立ち上がっていた。ルシアの全力のひざ蹴りを受けたにもかかわらず、痛がっていない。ルシアが蹴ったリリアの脇の部分を見ると、純白の聖衣の布地が集まり白ユリの花束ができていた。聖衣の花束がひざ蹴りの威力を吸収したのだ。レガリアの衣は一見守りが弱そうに見えるが、実際はルシアの鎧に引けと取らないほどの防御力を持っていた。
　白ユリの花束がほどけ、元の布地に戻る。リリアは両腕を上げて、聖衣を見せびらかした。「このドレス、良いでしょう？　本当はお姉さまとの婚礼服にしたかったんですけど」
「確かに良いドレスだが、布地が少ないな。もっとしっかり肌を隠すべきだったのではないか？」
「お姉さまってば、考えが古いです」リリアは腕を下ろす。「それじゃあお姉さまを倒してレガリアの鎧を奪い取ったら、鎧で隠します」
「君にわたしは倒せない。わたしはもう君の剣技の弱点を見抜いてのだから」
「リリアが踊れる舞は一つじゃありません」
　リリアは右手の剣を突き出すように構えた。左手で聖衣のスカートを摘まんで脚を出すと、素早くステップを踏む。クエレブレの伝統舞踊、フラメンコ。フラメンコは足の位置が激しく移動する。足踏みは効かない。
「リリア、まだまだ踊り足りないです」リリアが竜眼の光を脈動させた。「もっともっとリリアと踊りましょう、お姉さま」
「踊る、か⋯⋯」
　ルシアも二刀の構えを変えた。長剣を切っ先をリリアに向けて水平に構え、その上に小剣を添える。二本の刀身が交差し、十字の形を作った。
　ルシアが兜のバイザーの覗き穴を赤く光らせる。「戦いは舞とは違うということを教えてやる」