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 カラミティウェザーの巨体が監視塔を砕いた。 「ラブリス!」ルシアが叫ぶ。  砕け散った監視塔の瓦礫の合間に、石材といっしょに落ちるラブリスと他の隊員たちの姿が見えた。ラブリスたちは税関所の屋根の上に落ちる。瓦礫とラブリスたちの落下の衝撃で屋根が抜け、ラブリスたちは税関所の中に落下したが、それくらいで死ぬことはないだろう。  ルシアはとりあえずラブリスたちが無事なことに安堵の息をつこうとした。  が、ルシアはあるものを見て、その息を止める。  監視塔のとなりの路地裏から、小さな影が飛び出して来た。ぼろぼろのローブをまとっていて顔はみえないが、体の大きさとローブのすそから伸びた細い脚から、その者が子供であることはわかった。  なぜ戦場に子供が!  ルシアは心の中で叫ぶと同時に、石畳を蹴った。  監視塔の瓦礫が子供へ降り注ぐ。子供が足を止め、上を見あげた。子供の頭よりも大きな石の塊が子供の頭に迫る。  子供の頭が砕ける寸前、ルシアの両腕が子供を包んだ。ルシアは子供をかかえて横に飛ぶ。直後、子供が立っていた位置に瓦礫が落下し、石畳を砕いた。  ルシアは子供を抱いたまま路地裏に転がり込む。瓦礫の雨が終わり、まわりの安全になった確かめると子供を放した。「こんなところで何をしている、ここは戦場だぞ!」  子供がびくっと身をすくませた。フードをかぶった頭をうつむける。フードは頭を守る綿でも入っているのか、左右に大きく膨らんでいた。多少綿を入れていたところで瓦礫の落下を防ぐことはできなかっただろうが。  ルシアは心配のために口調が強くなりすぎたことを反省した。なるべく穏やかに話す。「ここは危険だ。君のような子供がいてはいけない。家に帰るのだ」  子供は返事をしなかった。  無理もない、とルシアは思った。瓦礫に押しつぶされそうになった上、敵国の兵士に強く叱責されたのだ。恐怖でしゃべれなくなるのは当たり前だった。  ルシアはせめて子供を安全な場所に避難させてやろうとあたりを見回した。税関所の裏手に、頑丈そうな落とし戸を見つけた。落とし戸の向こうは、徴税人が税として徴収した物品をしまうための地下倉庫になっているのだろう。戸に鍵は掛かっていなかった(徴税人たちはアルブラから逃げるとき、倉庫の中の品をすべて持ち出して空にしたので、鍵を掛けなかったのだろう)。  ここに子供を隠れさせよう、とルシアは考え、落とし戸を引き上げた。そしてそこで、予想外の物を見つけた。対竜バリスタのボルトだ。  ルシアは、ここにボルトを隠していたのか、と思うのと同時に、ふっとある考えを思いついた。バリスタのボルトの束を倉庫から出すと、とりあえず足元に置く。  ルシアは子供に目を戻した。「戦いが終わるまで、君はここに隠れているんだ」  子供は首を縦に小さく振ると、倉庫の中に入った。  ルシアは戸を閉めた。バリスタの束をつかんで、その場から走り去る。  ルシアの足音が遠くに消えると、落とし戸がほんの少しだけ開いた。戸の隙間の奥で、金色の何かが輝いた。
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