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 黒い棺桶が荷竜の背に無数に積んである。棺桶の中身は、戦死したアエーシュマ歩兵隊の隊員たちだった。アルブラ攻略戦でのアエーシュマ歩兵隊の死者は二十二名だった。傷がもとで破傷風にでもかかれば死者はもう少し増えるだろう。  ルシアは荷竜の背の棺桶の山を見た。「すべて積み終えたか?」 「ええ、これで全員です」ラブリスも棺桶を見る。「英雄たちを国に凱旋させてあげましょう」  ルシアはうなずくと、荷竜の背に乗った。続いてラブリスと生き残った隊員たちも竜にのぼる。ルシアは荷竜の操縦手に合図を送った。操縦手が手綱を操る。  アエーシュマ歩兵隊を乗せた荷竜が、アルブラの竜港から飛び立った。  やっと帰れるな、とルシアが考えたとき、アジ・ダハーカの方角から黒い鎧をまとった騎士たちが飛んできた。歩兵隊を載せた荷竜とすれ違う。騎士の竜が起こした風圧が歩兵たちに降りかかり、歩兵たちは口々に悪態を付いた。  どこの国でも歩兵と騎士は犬猿の仲だ。戦は基本的に、歩兵たちが対竜バリスタを破壊した後、騎士団が敵軍を壊滅させる、という流れで進むが、歩兵側は自分たちが対竜バリスタを破壊しなければ戦争に勝利はありえないと主張し、騎士側は戦に決着をつけるのは騎士団なのだから騎士こそが戦争の主役であると考えている。お互いの自負心がぶつかり、いがみ合うのだ。アジ・ダハーカも例外ではなく、アジ・ダハーカ騎士団は地べたを這いずりまわる歩兵たちのことを芋虫と蔑み、アエーシュマ歩兵隊は見せ場をすべて持って行く騎士団のことをハゲタカ野郎と呼んでいた(もっとも、ハゲタカ野郎というのはルシアが歩兵隊に入った後につけられた名前だ。その前は、空からクソをまき散らすコウモリ野郎と呼んでいた。だがそう呼ぶとルシアが良い顔をしなかったので、ラブリスたちがハゲタカ野郎という名前を考案したのだった。古株の隊員は、アエーシュマ歩兵隊もお上品になったもんだぜ、と嘆いた)。  ルシアはすれ違った騎士たちに振り返り、騎士隊の先頭を飛ぶ騎士をちらりと見た。兜で顔は隠れていたが、鷲をかたどったバイザーを見ればその騎士が誰かはすぐにわかった。 「カインですね」ラブリスもまた鷲の騎士を見ていた。「あいさつしますか?」 「不要だ」  ルシアが視線を前方に戻そうとしたとき、ふと、荷竜の後方に積んでいる棺桶が目に入った。棺桶は二十三個ある。そのうち死体が入っているのは二十二個。一番上に積んでいる一つには、死体ではなくファフニールからつれてきた客人が隠れていた。 「隊長」ラブリスが、荷竜の操縦手に聞こえないよう小声でいった。「あのドラキュリアの嬢ちゃん、どう思います」 「⋯⋯⋯⋯」 「俺がいいたいことはわかるでしょう?」  ルシアには、ラブリスの質問の意図が理解できていた。  ドラキュリアの少女はカラミティウェザーを殺した、ほとんどためらわずに。  ルシアが最初に人を殺したのは十八歳のとき、ヤマタノオロチとの戦でだった。戦の折、アジ・ダハーカ軍はとあるヤマタの町に逃げ込んだ敵の将軍をあぶり出すために、その町を火攻めに処した。アエーシュマ歩兵隊は町を包囲し、逃げ出してきた人間たちを処理する役目を与えられていた。将軍ならば捕らえ、町人ならば見逃し、敵ならば斬る。ルシアは町の裏手を見張っていたが、そのとき数人の侍が町人たちとともに町から脱出してきた。ヤマタの侍たちはアエーシュマ歩兵隊を見ると刀を抜き、斬りかかってきた。ルシアは侍の一人と対峙し、一騎打ちの末に長剣で侍の心臓を貫いた。刃が肉に食い込む感触と、流れ落ちる真っ赤な血、そして侍の胸を貫いたときに侍が守っていた町人の女が発した言葉――お父さんっ、という声はルシアの魂に焼き付き、そして永遠に癒えない火傷のようにいまもうずいてる。  人を殺すという行為はそれだけの重みを持っているのだ。とりわけ、最初の経験は。  アルブラでドラキュリアの少女が相対したのは人ではなく竜だった。とはいえ、竜の血を引くドラキュリアにとって竜を殺すことは、人が人を殺すこととそれほど変わりないだろう。ドラキュリアの少女にとって竜殺しは越え辛い壁のはずなのに、少女はためらいなくカラミティウェザーを斬り刻んだ。まるですでに似たような経験をしたことがあるかのように。 「あの子はカラミティウェザー以外に竜を殺したことがある」ルシアがいった。 「あるいは人かもしれませんが」 「馬鹿な。あの子はまだ子供だぞ」 「まぁ、何を殺したのかはともかく、殺しのこと以外にもおかしなことだらけですぜ。例えば体の竜化の度合い、あんなに竜に近いドラキュリアは初めて見ました。あの竜化を説明できるものは一つしかありません」 「半竜、だな」  半竜――人の親と竜の親を持つドラキュリア。  ルシアはうつむいた。「わたしも薄々そうではないかとは思っていたが、だがまさか⋯⋯」 「けど他に考えられないでしょう?」 「有史以来、半竜が産まれたことは二度しかないのだぞ。千年前に産まれた竜神オフィーリアと、四百年前に現れた人食いレンドル。その二人だけだ」 「それならあの子が三人目なのかもしれせん」  ルシアはドラキュリアの少女が隠れている棺を見た。「第三の半竜⋯⋯か」  半竜の一人、竜神オフィーリアは最初のドラキュリアで、いま存在しているドラキュリアたちの祖先である。神のごとき力を持っていたが、それだけにいつしか人から疎まれるようになった。そのためオフィーリアは人を見捨て、歴史から姿を消したという。  もう一人の半竜、レンドルはよく怪奇話の題材にされるドラキュリアで、いまも子供たちを(ときには大人をも)震え上がらせる。レンドルは頭が竜化した異形の半竜だった。頭が竜であるせいか思考も竜のそれだったという、しかも獰猛な悪竜の。レンドルは大空の向こうから突然現れては、手当たり次第に人間たちを喰らった。レンドルの非道に業を煮やした各国は、同盟を結んでレンドル討伐騎士隊を結成し、多くの犠牲を払いながらもついにレンドルの首を斬り落とした。レンドルの惨事は終息したが、いまでも親は子供がいうことをきかないとき、人食いレンドルが来るぞ、と脅していうことをきかせる。  神と謳われるときもあれば悪鬼と恐れられるときもあるが、どちらにしても歴史に変革をもたらすほどの超越的な力を持つ存在、それが半竜である。 「確かに、あの子はまだ幼いにもかかわらずたやすく戦竜を引き裂いた」ルシアはいった。「少女の力は、伝説で語られる半竜らに劣らない。いや、半竜という他に説明のしようがない」 「でしょう? んで、俺が一番気になってるのは、どうしてあの子がここに存在してるのか、です。さっき隊長もいったとおり、半竜なんてごくごく稀にしか産まれない存在です。つまり、あの竜の嬢ちゃんもその出生には何か秘密がある」 「⋯⋯⋯⋯」 「竜港に現れたことだって不自然です。どうして剣の音や人の悲鳴が響く竜港にわざわざ来たんです? 普通は逃げるでしょう」 「⋯⋯リリアに会わせればすべてわかる」  ルシアは棺から目を離した。それ以上見ていると、棺の中の少女が、人の手に負えない魔獣に変貌してしまうような気がしたからだ。
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