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 浮竜アジ・ダハーカ。  漆黒の巨体を大空に悠然と浮かべるその姿は、大空の覇者と呼ぶにふさわしい。過去にいくつかの国がアジ・ダハーカを最高位の座から蹴落とさんと牙を剥いたことがあったが、それらの国はすべてアジ・ダハーカとその背に住む人間たちによって雲海に沈められた。いまはもうアジ・ダハーカが空の王であることに異を唱える者はいなかった。  かつて高名な哲学者が『浮竜の翼面積は人の国力なり』という格言を残したように、アジ・ダハーカという国に最強の力をもたらしているのは浮竜アジ・ダハーカの背の広さだった。背骨に沿うように連なった巨大山脈と、その山脈を軸にして葉脈のように広がっている山岳地帯は、豊かな鉱床である。左右に広げた翼の上は平原や丘陵地になっており、国の基盤である農耕と畜産をするための土地には困らない。とりわけ食用羊の生産は盛んだ。もちろん羊を消費するのは人間ではなく、竜である。  加えてもう一つ、アジ・ダハーカを最強たらしめる要因があった。竜の体液である。アジ・ダハーカの竜は毒の力を持っており、騎士が竜で戦闘する場合はもちろん、歩兵でも竜から抽出した毒液を武器に塗ることで毒の力を得ることができた。戦で役立つ毒液は他国からも需要があり、アジ・ダハーカの輸出の利益のほとんどは毒液によるものだった。毒を大量に輸出したからといって、他国との戦が起こったときに敵に毒を使われて自分の首を絞める、という心配はなかった。アジ・ダハーカの兵士たちは皆、味方の竜が戦場にまき散らす毒で自分がやられてしまわないように、普段から竜の毒素を少量ずつ摂取して、体を毒に慣らしていたからだ。アジ・ダハーカの兵士たちに毒は効かない。  しかし恵まれている反面、問題も多く抱えていた。その一つが属領の暴政だ。  アジ・ダハーカは国土が広いだけに、地方領地の数が多い。するとどうしても王室の監督は甘くなる。領主の中には国の目を盗んで、国が認めている以上の重税を領民にかけている者もいた。酷い地域では、生活が立ちいかなくなった農家が口減らしのために子供を殺すこともあった。そういった暴政を取り締まるために、王都の騎士たちが不定期に視察に訪れたりはするだが、悪らつな領主ほど視察の目を誤魔化すのがうまく、なかなか暴くことができなかった。  人も竜も、栄華も欲望も、すべてを他の国々よりも多く背負った浮竜、それがアジ・ダハーカだった。
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