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やや錆びた鉄の柱の先に、細く伸ばした鉄で装飾を施したアイアンワーク式の鉄看板が吊り下がっていた。看板には、尾方地区という文字と竜の尻尾が鉄細工で描写してある。その看板の下を、棺桶と食料が入った包みを抱いたルシアが通り過ぎた。
街路の活気は完全に消え失せていた。道端に露店はなく、かわりに乞食がうずくまっている。乞食は暗い眼でルシアを見たが、棺桶には特に興味を示さず、すぐにまたうつむいた。乞食のそばを過ぎると、路地裏から一匹の野良犬が現れた。ルシアが持っている包みから漂う匂いに惹かれたらしい。犬はルシアのまわりをぐるぐると回ったが、食べ物をくれる気がルシアにないとわかると、しっぽを下げて去った。
陰気な街並みだったが、建物の造りだけは豪華だった。黒レンガ造りの三階建ての家や庭付きの屋敷が建ち並んでいる。というのも、尾方地区は上流階級の人間たちが住む高級市街だからだ――五年前にあの災厄に襲われるまでは。
「ここは変わらないな。あの災厄以来、時間が止まったままだ」
ルシアは羽織っている外套のえりを引き上げ、口元を隠した。街の陰惨な空気を直接吸いたくなかったからではない。街路の石畳に積もっている白いものに太陽の光が反射し、顔に当たる光が強くなったから顔を隠したのだ。
その白いものは街路だけでなく、家々の屋根の上や窓の格子の隅にも溜まっていた。一見雪に見えるが、それが雪ではないことはアジ・ダハーカの誰もが知っている。
それは灰だった。
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