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 ルシアは、リリアが用意した六着のドレスを抱えながら、ドラキュリアの少女が待つ家へ向かっていた。ルシアのとなりを歩いているリリアは、二着のドレスを持っている。合計八着。ルシアは一着で充分だといったのだが、リリアは一着だけじゃその子が気に入ってくれなかったとき困るじゃないですかといって譲らなかったので、結局持てるだけ持ってきた。  日はすでに落ち、薄闇があたりを覆っていた。ほの暗い道を歩いている間、リリアは、どんな子ですか、かわいいですか、とルシアを質問攻めにした。ドラキュリアの少女と会うのが待ち切れないというよりも、質問することで宵闇への恐怖をまぎらわせているのだとルシアにはわかっていた。リリアは昔から闇が苦手だった。子供のころは部屋を暗くすると泣き出し、よく乳母を困らせたものだった。 「この服リリアのお古だけど、嫌じゃないかなぁ?」リリアが少し無理に明るい声を出す。 「服など着れればよいのではないか?」 「もう、お姉さまってば。女の子は⋯⋯あ」  リリアの視界に、通りの先に立っている鉄看板が飛び込んだ。看板には、尾方地区とある。  リリアは立ち止った。「⋯⋯⋯⋯」  ルシアはリリアを見た。「怖いのであれば、リリアが来るのは日を改めた明るいときでもいいぞ。ドレスがわたしが届けておく」 「いえ、大丈夫です。ただ、もうちょっとだけ近づいてもいいですか」  ルシアはうなずいた。リリアがルシアに身を寄せる。腕が触れ合い、布越しにお互いのぬくもりが伝わった。二人はその状態のまま、尾方地区に入った。  夜の闇の中では、街は墓場よりも不気味だった。街路の石畳の隙間、家々の扉の前など、そこら中に積もっている灰が町全体を骨色に染め上げていた。  陰惨な街並みを前に、リリアが胸元で魔よけの印を切ったが、ルシアはそういったまじないの類はしなかった。五年前のあのとき、ルシアは何度も神に祈った。だがそれでも救いの手は差し伸べられなかった。それ以来、神頼みはしていない。  ルシアの生家が見えてきた。二階建ての白い家。周囲の貴族たちの家々に比べればやや質素だが、飾り過ぎないことで醸し出される上品な美しさがあった。家の前に置かれているフラワーポッドに花が咲いていれば、さらに気品漂う家に見えたことだろう。  ルシアは、平和だった――すべてが順調だった時分を思い出してしまうフラワーポッドをなるべく見ないようにして、家の中に入った。 「戻ったぞ。リリアを連れて来⋯⋯」ルシアは言葉を止めた。  家の中に、少女がいなかった。テーブルの上に半分だけ食べられたパンとチーズが置いてあるだけだった。  リリアも家に入った。中が無人なことに気づく。「あれ? ドラキュリアの女の子はどこなんですか?」  ルシアは二階へと続く階段を見た。階段には灰がうっすらと溜まったままだった。二階に上ってはいない。  まさか、敵国につれてこられたことが怖くなって逃げたのか?  ルシアがそう思ったとき、家の裏庭へと続く扉の向こうから水が跳ねる音が聞こえた。ルシアは持ってきた衣服を奇麗なテーブルの上に置くと、扉を開けた。  裏庭は、木の塀に囲まれた簡素で小さなものだった。揺り椅子と、一人でも手入れが充分なくらいの小さな花壇がある。しかしいまは手入れどころか、固まった土に灰が積もっていた。花壇のそばには、石製の水溜めがあった。雨水を受けて生活用水を確保ためのものである。浮竜アジ・ダハーカは人々が使う水を確保するために定期的に雲の中に潜って雨水を背に受けるので、水溜めには水が溜まっていた。  ドラキュリアの少女は、その水溜めの中に立っていた。一糸まとわぬ姿でひざまで水に浸かっている。濡れた鉤爪と角は、月の光を反射して神秘的に輝いていた。  裸の少女は尻尾で水をすくうと、人間の体を濡らした。沐浴(もくよく)をしているのだ。  ルシアは覗き見ては失礼だと思い部屋に戻ろうとしたとき、少女の肌にあるものを見つけた。喉元に刻まれた、一つの大きな傷痕である。首の真ん中あたりから鎖骨の間にかけて、皮膚が白く変色してねじれていた。  あれが少女がしゃべれなくなった原因か。  傷痕の具合からいって、傷を受けたときはかなりの深手だっただろう。傷の場所が場所だけに、声を失うどころか、命を落としてもおかしくはなかったはずだ。それでもいま少女が生きているのは、ドラキュリアの生命力のおかげか。  思案に暮れるルシアの背後から、リリアが顔を出した。水浴びをしているドラキュリアの少女を見て、わぁ、と声を出す。  その声で、少女がルシアたちの存在に気づいた。ほおを赤くし、あわあわと口を動かす。尻尾で胸を隠し、両手は背中に回した。こんな状況でも鉤爪は見られたくないらしい。 「すまない。家の中にいなかったものだから、つい」  ルシアはまだ少女を見ようとしているリリアを引っ張って家の中に戻った。
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