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「かわいい子だったなぁ」リリアは持ってきたドレスをあらためる。「どれが似合うかなぁ」
「この無地の青いチュニックはどうだ? シンプルで良いと思うのだが」
「そんな地味なのはあの子には似合いません。お姉さまって、戦いだとすごい強いのに、こういう女の子っぽいことは全然できませんよね」
「⋯⋯似たような言葉を、つい最近いわれた気がする」
そのとき裏口が開き、ドラキュリアの少女が扉の隙間から赤い顔を出した。服は着ていない。少女が着ていたローブは部屋のほうにある。
リリアは少女を手招きした。「入ってきて。大丈夫、女の子同士なんだし」
少女はおずおずと部屋に入った。
リリアはドレスを持って少女の前に立った。腰をかがめて、間近から少女の顔を覗き込む。「お姉さまの妹のリリアだよ。よろしくね」
少女はこくりとうなずいた。
「君のために服を持って来たんだよ。あ、悪いけど、このまま服選びをするね。裸のほうが選びやすいし、あのローブを着たらせっかく洗った体がまた汚れちゃうからね」リリアは少女の体にドレスをあてがった。「綺麗なブロンドしてるね。その髪に似合うのはやっぱりこの色かな~」
リリアはさっそく服を選び始めた。少女は半ばリリアの勢いに押される感じで、着せ替え人形にされている。
ルシアはそんな二人を見ながら、リリアが少女の鉤爪やのどの傷痕の話に触れなかったことに安堵した。リリアは純真なぶん、相手を気遣うより言葉や感情が先に出てしまい、相手の心を傷つけてしまうときがあるからだ。
「このドレス似合うな~。一回着てみようか」リリアは少女に薄青色のドレスを着せてみようとした。「あっ!」
「どうした?」
「ドレスのそでが通らない⋯⋯」
少女の鉤爪や角がドレスの肩口や襟元に引っ掛かっていた。
しまった、とルシアは思った。リリアに服を用意するように頼むとき、爪や角のことも考慮するべきだった。このままだとまたドラキュリアの少女が鉤爪のことを気に病みそうだったので、そうなる前にルシアはいった。
「そのくらいなら、わたしが繕おう」ルシアは懐にしまっていた小剣を取り出した。
「え?」リリアが驚いた顔をする。「お姉さまって、裁縫できましたっけ?」
「戦場で仲間を傷を何度も縫合している」
「⋯⋯⋯⋯」リリアは不安げな目でルシアを見た。
ルシアは薄青色のドレスを持つと、小剣で仕立て直しにかかった。その三分後、薄青色のドレスは見事にぼろ切れの塊に変わった。ルシアは、むぅ、とうなる。
「いまのは練習だ」ルシアは次のドレスを手に取り、少女を見た。「悪いがもう少しそのままでいてくれ」
少女は素直にうなずいたが、尻尾は落ち着かなさげに揺れていた。裸なのだから当たり前である。
「ねぇ、君」リリアが少女の体に、ルシアが着て来た外套を羽織わせた。「長くなりそうだから」
少女はこくりとうなずく。外套は着たものの、まだ顔は赤いままだった。
ルシアは、自分が少女に恥ずかしい思いをさせているような気分になってきた。少女の気を紛らわせてやれないかと考え、そして一つ思い立つ。「そうだ、リリア。君はリサリカを持ってきていただろう? それで遊んでいてくれ」
「あ、うん」リリアは服といっしょに持って来ていた紙製のカードの束を取り出した。「ねぇ、君」
少女がリリアを向く。
「これ知ってる? リサリカ。占いとかゲームとかできるカードだよ。君と遊べるかな、て思って持って来たんだ」
少女があいまいにうなずいた。
「名前は聞いたことがあるけど、遊び方は知らない、ていう感じかな?」リリアが慣れた手つきでリサリカの束をシャッフルする。「ルールを教えながらゲームしてもいいんだけど、複雑なのが多いから、ゲームはもっとちゃんと時間があるときにゆっくり覚えたほうがいいかも。占いのほうでもいいかな?」
少女がこくこくとうなずいた。
「えへへぇ。リリアの占いってよく当たるんだ」リリアは部屋にあるベッドの上に座ると、表面を上にしてカードを広げた。「ええと、リサリカは、アルカナっていう絵札と、フィローサっていう数札に分かれてるんだけど、わたしが得意なのはアルカナを使った占いだよ」
リリアは乱雑に広がったカード群の中から、絵札だけを素早く拾い上げた。「アルカナは二十枚あってね、こうして、半分にして⋯⋯」リリアは絵札の束を二つに分けると、それぞれをベッドの空いている場所に置いた。「君から見て左の山が現在、右の山が未来を表してるんだ」
ドラキュリアの少女は興奮したように尻尾をぱたぱたとさせた。女の子たちのご多分に漏れず占いが好きなのか、それともリリアの鮮やかな手つきが見ていて楽しいのか。
「それじゃあめくるよ」リリアが現在を表す山札の一番上のカードをめくった。カードには、鎖に縛られ宙吊りになった石造りの塔が描かれていた。「これは第十五のアルカナ、『吊られた塔』だね。中にとある巨人を捕えてる、監獄の塔だよ」
少女がカードをじっと見る。
「このカードが暗示するのは束縛、強固、自己世界の殻だよ。えっとつまりは⋯⋯君はいま、やらなきゃならない何かがある。それは正しいことだから、絶対に成し遂げなくちゃダメ、て自分の心に言い聞かせてる」
「⋯⋯⋯⋯」
リリアは次に右の山札、未来のカードをめくった。石壁の中に閉じ込められた青肌の巨人の絵。「これは第十四のアルカナ、『凍てついた巨人』。氷の国から来た巨人で、人間たちと戦って、それで最後は人間の英雄に倒されたの。でも不死身の体を持ってたから死ぬことはなくて、だからさっきのカード、『吊られた塔』の中に閉じ込められたんだ。塔が宙吊りなのは、この巨人が放つ冷気が地面に伝わって地面が凍るのを防ぐためなんだよ」
巨人は目を見開き、黒く濁った眼で正面を凝視していた。少女は気味の悪い絵柄が恐ろしいのか、尻尾をぶるっと震わせた。
「『凍てついた巨人』が暗示するのは、破壊、復讐、戦火と戦争⋯⋯」
少女がうつむき、尻尾をだらりと下げた。「⋯⋯⋯⋯」
「あ、あはは。そのぉ⋯⋯ただの占いだから、気にしないでね」リリアはそそくさとリサリカをかき集めた。話題を変えるためにルシアを見やる。「えっと、お姉さま、そろそろ服はできましたか?」
ルシアの手元にあったのは、雑巾に使うような布の残骸だった。リリアはため息をついた。
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