終末のドラキュリア

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 リリアは、ミラルダがルシアの手を握る様を、竜眼で見ていた。 「なに、あのオバさん」リリアが竜眼を鈍く光らせる。「お姉さまの手を握るだなんて⋯⋯」  リリアの背後で、紅茶の入ったカップとソーサーを手に持ったロゼが、きく。「何が視えたのぉ?」 「ドラキュリアのオバさんが、お姉さまの手を握ったんですっ」リリアは両脚をバタバタさせた。  いまリリアは、アジ・ダハーカ城の主塔にある展望台の手すりに腰掛けていた。体は展望台の内側ではなく、外側に向けている。腰かけている欄干から滑ればはるか下の王城の庭まで真っ逆さまなのだが、そうなるのを心配している様子はリリアにはなかった。  展望台の足場に立つロゼが、わざとらしく首をかしげる。「あらぁ? リリアは、ルシアちゃんのことはもう嫌いなったんじゃなかったのぉ?」  リリアは両脚をぴたりと止めた。「⋯⋯⋯⋯」 「女心は複雑ねぇ」ロゼはくすくすと笑いながら、紅茶を一口飲んだ。「それで、いま竜眼で視てる光景のことだけど、他に何か変なところはなぁい?」 「う~んと」リリアの竜眼が光る。「レギンレイヴの背に何か乗ってます。青い布包み。形は柱みたいで、大きさはリリアの体より少しおっきいくらいです」 「包みに封蝋はある?」 「はい。縛ってるひもの結び目が蝋で固めてあります」 「印章は?」 「ファテル刻印と、細長い壺です」 「教皇庁の管理局、聖体部門の印ね。壺はミイラの内臓を入れる収蔵壺を象徴しているのよぉ」ロゼはまた一口紅茶を飲む。「包みの大きさと聖体部門の印から推測するに、中身は聖骸ねぇ」 「せいがい?」 「聖人、あるいは竜話の巫女のミイラよぉ」 「ふぅん」リリアは、自分と同様の体質を持つ者の死骸だと聞いても、特に興味を示さなかった。「あ、お姉さまたちが竜で飛び立ちました」 「方角はぁ?」 「ええと⋯⋯南西です」 「旅の日数はどのくらい?」 「う~ん?」 「荷物の中の食べ物の量を視れば、だいたいわかるわぁ」 「はい」リリアが竜眼の視界を巡らせる。「⋯⋯八日分か、九日分です」 「リヴァイアサンはいまフェセス空域にいて、そこから南西に片道四日。となると、目的地はナジェル空域ね。そんな何もない空域に聖骸を持って行って、いったい何を⋯⋯」  ロゼは思案顔で紅茶を飲んだ。ロゼの知力ならば、答えを導き出すのにそれほど時間はかからなかった。 「なるほどねぇ」ロゼは、空になったカップを展望台の欄干の上に置いた。「人のいない場所で灰の夜を召喚して、聖骸を使って灰の夜を消すつもりねぇ。アジ・ダハーカ軍に守られるレガリアには手が届かないから、かわりに原罪のイデアを手に入れよう、ていうわけ。あいかわらず小賢しいわねぇ、ディベオン。あなたのそういうところ、千年前から嫌いよぉ」  リリアが首をかしげる。「何の話です?」 「ただの独り言よぉ」ロゼは脚を交差させると、リリアの背に手を伸ばし、リリアの後ろ髪をゆっくりとすく。「ねぇ、リリア」 「はい?」 「ルシアちゃんに会いたくない?」 「⋯⋯⋯⋯」 「会って、いろいろ伝えたいことがあるんじゃなぁい?」 「⋯⋯⋯⋯」リリアは無言のまま、うなずいた。 「それなら旅の準備をなさい」ロゼがリリアの髪から手を離す。「わたしといっしょに、ナジェル空域へ行くわよ」 「お兄さまたちは?」 「カインちゃんたちはお留守番。人数が多いと、それだけ航行速度が遅くなっちゃうでしょう? ナジェル空域まではわたしたちのほうが距離が遠いから、飛行速度はできるだけ早くしないと、ルシアちゃんたちに追いつけないわぁ」  ロゼの話がわかっているのかいないのか、リリアは何もいわない。 「要するに、わたしとリリア、女二人だけの気ままな旅が一番ってことよぉ」ロゼは適当な説明をすると、空のティーカップを欄干の上に残し、展望台から城の中へ向かった。「外交官吏への出立届は、わたしが出しておくわ。あなたは旅の荷物を整えて、一時間後に城の竜港に来なさい」 「はぁい」  リリアは子供っぽく返事をすると、座っている手すりから体をずらし、展望台から飛んだ。が、落下しない。リリアの細い身体は、ふわふわと宙に浮いていた。 「お姉さま。今度はリリアがお姉さまのところへ行きますね」  リリアは聖衣をはためかせながら、くるくると回った。
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