終末のドラキュリア

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 薄暗い塔の中で、数多の黄色い眼が光っている。ウロボロス元老院の議員たち。彼らの目が凝視しているのは、黒鎧をまとった二人の男、オーヴェルベントとギルベルトだった。  オーヴェルベントが、議員たちの石の顔を見上げた。「して、ウロボロスの今後の方針について、元老院の考えはまとまったのか?」 「うむ」議員たちの声が塔に響く。「これまで我らウロボロスの民は、混沌の落胤らが平穏に暮らせる楽園を築くため、使徒らに手を貸してきた。だが使徒らが見せていた楽園は幻であり、そしてその幻は消えた」 「⋯⋯⋯⋯」 「しかし、幻影が消えたおかげで、見えた真実がある」 「それは?」 「新たなる世界など不要」議員たちの視線が、遠くもあり近くもあり、だが確かにそこにある何かを見つめるものになった。「いまあるウロボロスを、理想郷へと造り変えるのだ。そこは楽園と呼ぶには程遠い地であろう。だが、ありもしない幻を追うよりは未来がある」  そして議員の一人が、ぽつりといった。「理想郷とは、それを追う者の心の中にのみ存在するのやもしれぬな」  オーヴェルベントがゆっくりとうなずく。「それも一つの答えじゃろう」  議員たちは再び声をそろえた。「ウロボロスを理想の地とする最初の布石として、我らウロボロスはドゥルック・ユルと同盟を結ぶ。ウロボロスは寒冷ゆえに国内では生産できぬ物が多く、それらを得るには輸入を行うしかない。しかし混沌の落胤の国であるウロボロスは、その存在を他国に知られるわけにはゆかぬ。それゆえ、ドゥルック・ユルを代行役とし、他国と間接的に交易をする」 「だが、ドゥルックとはさきに戦をしておるじゃろう? ウロボロスは使徒らとは(たもと)を分かったと説明しても、ドゥルックは素直に応じぬのではないか?」 「戦をしたゆえに、応じるのだ。ドゥルックの民は我らの力を身を持って知っている。ウロボロス正規軍に襲撃されれば、一夜にして雲海に沈められることを、な。我らの申し出をぞんざいに断ることはせぬ」 「圧力外交とは、感心せぬのう」 「軍事力で他国を駆逐していたアジ・ダハーカの王が、よくいうわ」と元老院。「それに、この同盟はドゥルック側にも大いに利益があることだ。貿易協定とともに、有事の際にはウロボロスが軍事的な支援を行うという防衛協定も結ぶ」 「ふぅむ。それならドゥルックも応じるか」  塔の上部に空いた出入口穴から風が吹き込み、塔の中に雪を散らせた。雪に覆われた不毛の国ウロボロスと、持たざる国ドゥルック・ユル。ある意味では似た者同士である。二国は意外と堅い結束で結ばれるかもしれない。 「ときに、話は変わるが」元老院の議員たちが、オーヴェルベントを見つめる。「そなたらはここ数日、ロゼを倒す術を見つけ出すため使徒の館をくまなく調べていたが、何か見つかったか?」 「うむ。一つ興味深いことがわかった。もっとも、気づいたのはわたしではなく、ギルベルトじゃがの」オーヴェルベントは背後のギルベルトを見やった。「ギル、説明してやってくれ」 「はっ」ギルベルトは一歩前へ進み出ると、元老院の議員たちを見上げた。「わたしはドラグーンを武器として扱うため、ドラグーン理論について少々心得がある。ドラグーンとは、竜の亡骸を加工して作られた器具。人はそれを媒体とすることで、竜のようにエーテリニスを物理的な現象に変換できる」 「無論、承知している」 「ドラグーンのエーテリニス変換力の強さは、素材とする竜の部位に依存する。ブレスを溜め込む息嚢(そくのう)がもっとも強力で、次いで心臓、目、脳、内臓、血、角、牙、爪、皮膜、骨、鱗、肉と続く。力が強い素材ほど不安定で、取り扱いには高度な竜学の知識を必要とする」 「それがロゼを倒すことと、どう関係する?」 「使徒の館にあるロゼの研究室には、ドラグーンの研究資料と制作素材が大量に残っていた。それらを調べるうち、あることに気づいた」 「何か見つかったのか?」 「(いな)。逆だ。不自然なまでに見つからないものが一つあった」ギルベルトが元老院の議員たちを見渡す。「心臓のドラグーンだ」  議員たちが互いに視線を交わした。  ギルベルトは話を続ける。「ロゼほどの魔術師が、高位のドラグーン素材である心臓を研究していないのは妙だ。まさか竜学の知識が不足していたわけではあるまい」 「すなわち、何らか理由で心臓を研究できなかった、ということか」 「そのとおりだ」ギルベルトはうなずいた。「心臓とは血を制御するもの。そして、ロゼの正体はファティアの血。もしかすれば、竜の心臓を用いたドラグーンこそがロゼの弱点であり、不死のロゼを押さえ込む唯一の方法なのやもしれぬ」  議員たちの間に驚きの波が広がった。得心の声を上げる者、熟考するように目を閉じる者。顔ごとに様々な反応を示す。  しばらくして議員たちはどよめきを鎮め、ギルベルトとオーヴェルベントに目を戻した。 「その公算は高いな」と、議員たちは議決した。「して、そなたらは竜の心臓を使い、ロゼを封ずるドラグーンを作るつもりか?」 「残念ながら無理だ。わたしには竜の心臓を扱うだけの知識がない」ギルベルトがいう。「ウロボロスには、心臓のドラグーンを作れる魔術師はいるか?」 「既存のドラグーンを手順のとおりに作成できる魔術師ならば数人いるが、まったく新しいものを開発するとなると、難しい。ドラグーン研究は使徒どもがすべて請け負っていたゆえ」 「やはりか。ロゼは自身の弱点である心臓のドラグーンを作られぬように、ウロボロスの魔術師たちには高度な開発の知識を与えなかったのだ」 「ファティアの血は最初から我らを信用していなかった、ということか」元老院の一人が苦々しげにいった。 「気に病むでない」オーヴェルベントがいう。「ロゼの功名な芝居を見抜ける者など、そうはおらん」 「傷の舐め合いをするつもりはない、ロゼに王位を奪われた男よ」  オーヴェルベントは肩眉を上げ、偏屈な人面岩め、とつぶやいた。  元老院の議員たちが、オーヴェルベントたちを見る。「そなたらのほうで、心臓のドラグーンを開発できる者に心当たりはないのか?」 「一人おる」オーヴェルベントがいった。「エリザベート皇から、現在ドゥルック・ユルに滞在しているアーヴィンという魔術師の話を聞いた。混沌のエーテルによって泥化した土地を岩に戻すなど、大空でも屈指の優秀な魔術師らしい。しかも、彼の者は使徒らについても知っているため、話が早い」 「つまり、そなたらはこれからドゥルック・ユルに向かう算段なのだな。それは都合が良い。そなたらに、ウロボロスの使節隊を同行させよう。そなたらの口添えがあれば、ドゥルック・ユルとの同盟締結が円滑に進む」  オーヴェルベントがギルベルトに耳打ちする。「石頭とばかり思っておったが、どうしてなかなか、抜け目のない奴らじゃ」 「議会の議員とは小賢しいものです。初代アジ・ダハーカ王ヒルデブラントが国政に議会制度を据え置かなかったのは、そのためでしょう」とギルベルト。  オーヴェルベントは元老院の議員たちには聞こえないように笑った。
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