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 二日前のこと。  これから訪れる冬に備え、南の暖かな空域へ向かっていたファフニールの後方に、突如アジ・ダハーカが姿を現した。  ファフニール王は狼狽した。近年のアジ・ダハーカの暴虐については、大空中の国々が知っていた。二年前、アジ・ダハーカはヤマタノオロチに戦を仕掛け、浮竜ヤマタノオロチを雲海に沈めた。その一年後には浮竜ティアマトを襲い、これも撃墜した。  当然、他の国々はアジ・ダハーカに戦の理由について問うた。アジ・ダハーカの王オーヴェルベントは、戦の理由について、滅びの未来を遅らせるためだ、と返答した。浮竜らは空に浮くために、大気中に存在する特殊な力を消費するが、力の量には限りがある。浮竜の数が多くては力はすぐに枯渇する。そうなればすべての浮竜は雲海に落ち、浮竜の背で暮らす人間もまた破滅する。浮竜を減らすことで力の枯渇を遅らせるのが、唯一の救いの道だ、と。  大義はアジ・ダハーカにある、とオーヴェルベント王は説いたが、力の枯渇を裏付ける証拠はなかった。一部の者は、オーヴェルベント王は五年前の災厄で妻と子を失ったときに気が狂ってしまったのではないのかと噂した。  狂王オーヴェルベントが操るアジ・ダハーカが後方に現れたとき、ファフニール王は対応を決めかねた。  アジ・ダカーハの目的が戦だったとすれば、すぐに逃げなければならない。ファフニールに勝ち目はなかった。浮竜アジ・ダハーカは浮竜ファフニールよりもはるかに巨大で、背の広さはファフニールの五倍以上ある。それはすなわち、兵士、軍竜、戦略資源を五倍は保有しているということだった。ファフニールが小国なのではない、浮竜アジ・ダハーカが桁違いに大国なのだ。アジ・ダハーカは大空で最強の軍事国家だった。ここ数年のアジ・ダハーカの横暴を他国が止めないのも、アジ・ダハーカの武力にはかなわないからである。  一方、もしもアジ・ダハーカが現れた目的が戦でなかった場合、逃げるのはまずかった。アジ・ダハーカの心証を大きく害してしまうだけでなく、他国の笑いものとなり、外交的な発言力を失ってしまう。  結局、ファフニール王は体裁を優先した。逃げることはせず、アジ・ダハーカの出方を待った。そしてその判断は失敗だった。  アジ・ダハーカはファフニールに迫ると、ヤマタノオロチやティアマトにそうしたように、一方的に宣戦布告した。開戦理由は先の戦と同じだった。力の枯渇を防ぐため、浮竜の数を減らさねばならない、と。  アジ・ダハーカに戦を仕掛けられたファフニール王は軍を編成し、籠城作戦で対抗した。今度の判断は正しかった。攻城側と籠城側では、籠城側のほうがはるかに有利である。町を囲む防壁の上に設置している、対竜バリスタと呼ばれる据え置き式の大型クロスボウで、近づく騎士たちを射落とせるからだ。大空最強と謳われるアジ・ダハーカ騎士団でも、対竜バリスタで守られている都市を攻略するのは時間がかかるだろう。  とはいえ無論、籠城するだけではいずれ大軍勢を誇るアジ・ダハーカ軍に押し切られる。ファフニール王は籠城作戦で時間を稼ぎながら、浮竜の機動力の差を利用して逃げるつもりだった。浮竜アジ・ダハーカはその巨体がゆえに小回りが利かない。逆方向に旋回するには急いでも七日はかかる。それに対し、浮竜ファフニールは三日ほどで旋回できた。つまりファフニールはアジ・ダハーカよりも四日早く方向転換できた。その四日の間にアジ・ダハーカを引き離し、アジ・ダハーカの戦闘射程から逃れよう、とファフニール王は考えていた。  悪くない作戦だったが、ファフニール王は一つ重要な要素を見落としていた。アジ・ダハーカには騎士団の他にも、最強の名を欲しいままにする部隊があった。精鋭ぞろいの歩兵部隊、アエーシュマ歩兵隊である。  戦二日目の深夜、アジ・ダハーカの王オーヴェルベントはアエーシュマ歩兵隊を招集し、夜陰に乗じてファフニールへ送り込んだ。
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