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 アルブラを守る民兵たちが、迫りくる黒鎧の歩兵たちを見つけた。民兵の両脚が別の生き物のように震え出す。干草三ツ又を握っている元農民の兵士にいたっては、両腕まで大きく震えていて、いまにも前方の兵士の頭を突き刺してしまいそうだった。 「く、来る」民兵の一人が後ずさった。 「逃げるな」民兵に混じっている正規兵が叱責した。とはいえ、彼も逃げたそうな顔をしていたが。「ファフニールのために」  アエーシュマ歩兵隊とアルブラ守備隊との間隔が、クロスボウのボルトが届く距離にまで縮まった。  しかし、アエーシュマ歩兵隊はクロスボウを撃たなかった。撃ったところで、ボルトは通りに置かれている木箱やタルに阻まれるので、意味がない。なのでアエーシュマ歩兵隊は遠距離戦を完全に捨て、縦長陣形を取っていた。縦長陣形は、敵に矢を射るのには向かないが、敵から矢で射られても最前列の兵士数人が倒れるだけで大した被害は出ないため、敵陣に突撃するのに適している。縦長の陣形を取って迫ってくるアエーシュマ歩兵隊の姿は、アルブラ陣営からは、猛毒を黒ヘビがにじり寄って来ているように見えただろう。 「アジ・ダハーカの毒蛇どもめ」アルブラの正規兵が片手を上げる。「射れ!」  アルブラの弓兵がクロスボウを撃った。無数のボルトがアエーシュマ歩兵隊へ飛び、前列の兵士が持つ盾に刺さる。ボルトの一本は盾を貫通し、兵士の肩を貫いた。被害はそれだけだった。 「かかれ!」ルシアが叫ぶ。「矢を装填する時間を与えるな!」  アエーシュマ歩兵隊の兵士たちが雄たけびを上げ、いっせいにアルブラへ突撃した。 「ひぃっ」アルブラの民兵が動転し、手に持つショベルを取り落とした。 「そのショベルで、お前の墓穴を掘ってやるぜ!」  先陣を切っていたラブリスが、木箱の防壁を蹴り飛ばしてどけると、十字槍で民兵の胴体を貫いた。アルブラの目抜き通りに悲鳴と血の臭いが広がる。  ルシアもアルブラへ斬り込んだ。身軽な動きで防壁を飛び越え、両手の長剣と小剣で二人の民兵を同時に斬り払う。相手がもと平民でもためらわなかった。武器を向けて来た時点で、それは敵である。 「ファフニールよ、我に武運を!」ファフニールの正規兵の一人がクロスボウを捨て、剣を抜いてルシアへ襲い掛かった。  ルシアはくるりと身を回して敵の剣をかわすと、小剣の鎖をファフニール兵の首に巻き付けた。そのまま兵士の首の骨をへし折る。「戦場では、運だけでは生き残れない」  ルシアは兵士の首から鎖を外した。石畳の上にぐったりと倒れた兵士の亡骸を見下ろす。  ルシアの表情は、ジョロウグモの仮面の奥に隠れて見えなかった。
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