見えすぎちゃって困る

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 アキラとフミがタクシーを飛ばして高田製薬に到着すると、物々しい数の警備員が防護服姿で本社の隅々に配置されていた。顔なじみの警備員がいたので、すぐに入館を許されたが、防護服の着用を命じられた。  廊下の向こうから「ドカン」と、重いものを投げつけたような大きな音が聞こえたかと思うと、「離せ!」「おとなしくしろ!」とののしり合う声が聞こえてきた。アキラとフミは防護服の下からアイコンタクトし、音のする方角へ向かった。  廊下を進むと、隔離病棟へ続く渡り廊下で防護服の警備員と数人の感染者が取っ組み合いを演じていた。辺りには机や椅子が散乱している。  アキラの目には巨大なカニが警備員に襲いかかっているように見えた。大きなハサミを振り回している。カニのような着ぐるみが見えないフミも感染者の急変ぶりに驚いているようで、「口から泡を吹いてガニ股で歩いてるよ。ほんとにカニみたいだね」と興奮している。  「危ないから近づかないでください!」  警備員に制止され、アキラとフミは立ちすくんだ。これでは埒が明かない。  「フミ、とりあえず、モニター室に行こう。あそこならツルギくんたちの様子が分かるから」  「そうだね」。フミはアキラの提案に同意してモニター室に向かった。  モニター室に到着すると、けがをしたスタッフや研究員の治療をしている最中だった。高田善治郎も頭に包帯を巻いていた。  「アキラくん、フミさん。先ほどは電話に出られず申し訳ない。少々、トラブルがありまして、こんな情けない姿になりました。あっ、防護服はもう脱いで構いません。ここは安全です」  善治郎は思ったよりも元気そうだった。アキラとフミは防護服を脱ぎ、善治郎を見舞った。  「大変でしたね。黒崎さんから話は聞きました。隔離病棟の辺りはまだ小競り合いが続いていました」  アキラの話を聞き、善治郎は渋い表情になった。  「おとなしそうな人たちが突然、豹変しましてね。まさに青天の霹靂ですよ。いったい何がどうなっているのか・・・。目下、取り押さえた感染者の検査を研究員が急いで進めているところです」  「ツルギくんたちは無事でしょうか?」  「はい。先程、安全な場所に避難させました。後で話をしてあげてください。小さな子供たちは怯えていると思うので」  「善治郎さん、そのことで大切なお話があります。お怪我をしているときに申し訳ないのですが、どうしてもお伝えしなければなりません。それで慌てて戻ってきました。ツルギくんたちにもいっしょに聞いてもらいたいのです。アキラお願い」  アキラは研究員に頼み、モニターの回線をツルギたちの病室につないでもらった。  フミのいつになく真剣な表情を見て、善治郎も気を引き締めた。  「どうしましたか、フミさん。何かあったのですか」  「信じられないかもしれませんが、私、ウシさんにお会いしました。善治郎さんの亡くなった奥様です。さっきまで一緒に食事をしていたのです。そして善治郎さんに言付を頼まれました」  フミが町会長から預かった写真を渡すと、善治郎は困惑した様子で写真を受け取り、「ウシと・・・、食事ですか・・・」とつぶやいた。
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