見えすぎちゃって困る

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 バリケードを築くのは意外と骨が折れる作業だった。食堂や会議室など高田製薬のあちこちから机や椅子をかき集めて、正門や裏門などに積み上げ、針金で縛って固定した。窓ガラスには裏側からガムテープを貼り、投石に備えた。ツルギたちにも手伝ってもらったが、カニに襲われる危険性もあるので防護服を着用してフミと警備員が護衛した。足元でバリバリとカニが潰れても、もはや気にならなかった。  アキラと善治郎はモニター室で本社周囲をチェックしていた。クラブの感染者が徒党を組んで襲ってきた場合にはすぐに無線で連絡する段取りになっていた。  「フミさん、こんな感じでいいかな。これだけ机を積めば、そう簡単に入ってこられないぜ」。ツルギが汗だくで言った。  「いい感じ、いい感じ。じゃ、次は、手分けして壁の上に有刺鉄線を張り巡らせるよ。危ないから慎重にね。3チームに分かれてやりましょう。警備員さんと私が一人ずつ付き添うからね」  フミがてきぱきと差配していると、ガガッ、ピーッと腰のトランシーバーが鳴った。  「東京駅方面から武装集団が向かってきます。全員、青いカニ。クラブの感染者。金属バットや竹刀、火炎瓶を持っています。ざっと30人でしょうか。到着まで15分程度しかないので、適当に作業を切り上げて屋内に避難してください!」  アキラの声が緊張でうわずっていた。時間切れか。有刺鉄線はなんとかしたかったが、仕方ない。  「みんな、聞いたでしょ。残念だけどタイムオーバー。避難するよ!」  「有刺鉄線を張らないと、壁を乗り越えられちゃうぜ、たぶん」  「仕方ない。安全第一だ。屋内で別の対策を考えよう」  マモルは不満そうだが、ツルギに説得されて渋々、みんなと屋内に避難した。  「やや、どんどん群衆がふくれあがってる。50人いや60人はいるか。まだまだ増えそうだなあ」  高田善治郎の指示により、「夜の町」の見回りでハンターとして恐れられた屈強な秘書たちが本社の要所要所に配置された。警備員は屋内でモニター室や隔離病棟を守ることになった。  バチャ!突然、モニターの一つがブラックアウトした。どうやら監視カメラをやられたらしい。ガガッ、ピーッ。「正面玄関の監視カメラが火炎瓶でやられました。壁の向こうから火炎瓶が次々と投げられ、あちこちでカニが焼けています。あっ、群衆の一部が塀を乗り越えようとしています。防ぎます!」  「とうとう、来たか。無駄かもしれんが、警察に通報を。それと消防にも」  善治郎に促され、研究員は手分けして通報したが、パトカーや消防車はエンジンルームに大量のカニが入り込んでトラブルを起こして動けなくなっているとの返答だった。自衛隊も身動きが取れないらしい。カニの異常発生は東京都から全国に広がっていたのだ。もはや自分の身は自分で守るしかなさそうだった。  「あっ、ついに壁を乗り越えた。黒崎さんがモップで応戦してるぞ。つ、強い!。5、6人をあっという間に倒した」  「黒崎はグリーンベレー出身で、傭兵もやっていましたからね。知人に紹介されてスカウトしたんです」  善治郎は誇らしげに語った。  「な、なんと。グリーンベレーって米陸軍の特殊部隊ですよね。黒崎さんって不思議な人だなあ」  アキラは、黒崎をスカウトした善治郎の人脈にも驚いた。  黒崎はハンター数人の援護を受けてモップ一本で善戦し、よく正面玄関を守ったが、口から泡を吹く青いカニは次から次へと塀を乗り越えてやってくる。さすがに疲れが見えてきたところへ、5人の感染者に一斉に飛びかかられて地面に倒れた。このままでは防護服を引きちぎられ、クラブの仲間になってしまう。  「これでおまえも仲間だあ。ヒヒヒヒー」  正気を失った感染者が防護服にナイフを突き立てようとした。  「あ、危ない!」  ギョエー、ギャー、ギャー。空気を切り裂くような奇声が響き渡り、黒崎に馬乗りになっていた青いカニが漆黒に包まれた。カニは苦しそうに立ち上がり、黒崎から離れて地面に倒れ込んだ。黒い塊はものすごいスピードで周囲のカニに次々と襲いかかり、倒していった。ハンターたちは呆然と立ち尽くしている。  「カ、カラスだ!カラスの群れですよ。しかもメタルに感染している!」  黒い塊は鉛色の光を放ちながら超高速で敷地内の敵を倒すと、高く舞い上がって散開し、今度は塀の向こうにいる群衆に襲いかかった。
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