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今朝もそうだった。出社の支度の前にメイクをしようと、鏡を見た時に、昨日まではなかった〈それ〉を、頬に見つけた。先端に向かってすぼめたような形をして、頬に赤く根を張る〈それ〉を見て、私は一気に気分が落ち込む。その後のメイクもうまくいかず、どうしようかと鏡越しに気になっていたせいで、電車も一本乗り遅れた。結局、マスクをして出社することにした。
今日は幸いにも、仕事中マスクを外すタイミングはなさそうで、少し安堵した。それでも〈あれ〉が肌にできているときは、マスクで隠れていても人前に出るのは緊張する。私は少し気後れしながら、研修中の直接の先輩である菅原さんのところへ行った。
「菅原さん、これはどうしたら…」
「あぁ、えーと、これはね」
気付かれないようにと、自然に振る舞おうとするが、それがかえってぎこちなさを生んでいるかもしれない、そんな思考が頭の中で渦巻く。ひととおり教えてもらい、流れに一区切りがついたところで、菅原さんが私の方を見て訊ねてきた。
「佐藤さん風邪?」
内心ドキリとする。少し目を泳がせてしまう。焦りが声色に出ないようにと、頭の中で念じながら、質問に答える。
「いえ、朝起きたら少し喉がいたくて、でも風邪ではないと思います。あ、でも一応予防ということで」
「そっか、まだ夜と朝は冷えるもんね。無理しないで、体調悪くなったらいつでも言ってね」
「はい、ありがとうございます」
そう言って、その場から離れ、自分の席に戻る。平然を装えていただろうか。いやそれより、咄嗟とはいえ、事実と違うことを言ったことに、少しモヤっとする。席に戻ってもしばらく、妙な緊張は残っていた。
もし今日マスクをしていなかったらどうなっていただろう。頬に〈あれ〉ができた状態で、菅原さんと対面したら、そしてそれを菅原さんに見られたら。大学の、あの講義の時の記憶が蘇る。自分が気にしているときほど、他人の目線に敏感になるものだ。見ず知らずの人のでさえ気になるのだから、思いを寄せている人のならなおさらだ。あの時の先輩のように、菅原さんに見られたら…そう思うと私の心はますます暗くなった。
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