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 それから数日たって、私は効果を感じていた。毎日、美里にもらったスキンケア商品を使い、生活習慣も出来る限り整えるように心掛けた。そのおかげか、頬にできた〈それ〉も小さくなっていき、やがてなくなった。学生の時は一つできると、併発するように一つ、また一つと場所を変えてできていたのに、今回は全体的に肌の調子が良くなっているように感じる。  その頃になると、徐々に自信も出てきて、気付けば〈あれ〉を隠すためにマスクをしていくことも無くなった。  効果を実感した私は、試供品がなくなってからも、同じメーカーのものを求めて、使っていた。公式サイトで購入していたが、ある日、会社の帰りに近くのドラッグストアに寄り、スキンケア商品が陳列されているところに、使用しているものと同じものがあるか確認しに行った。様々並べられている商品を目で追いかけながら探してみるが、ここにはおいていないようだった。そのことを確認して、ふと店内に目を向けると、見覚えのある姿を見つけた。菅原さんだった。トクン、と心臓が鳴ったような気がした。思いがけないことで、どうしようかと迷い始めた矢先に、菅原さんも私に気付き、驚いた表情でこちらを見る。二人の間に奇妙な緊張が走り、一瞬距離感をはかりあぐねたが、菅原さんの方から、遠慮した足取りで近づき、話しかけてくれた。 「佐藤さん、お疲れ様」 「お疲れ様です…」  お互いぎこちない挨拶を交わす。 「佐藤さんも買い物?」 「あ、はい、探していたものはありませんでしたけど」  思えば社外で菅原さんと会話をするのは初めてである。仕事中に話すときは先輩後輩の関係性が強調されることに加えて会話の内容が仕事のことであるから、なんとか取り繕えているが、社外で、それも仕事以外の会話はこれがほぼ初めてなので、そのことを思うと徐々に緊張が高まっていく。 「菅原さんも、何か、買いに?」  さっき答えたときもそうだが、自分がきちんと喋れているか心配になってくる。そんな私をよそに、菅原さんはいつものように、柔らかく話してくれた。 「うん、色々日用品をね。でも毎回、何か一つは買い忘れちゃうんだけどね」  菅原さんの、仕事中と変わらない雰囲気の受け答えに少し気が和らぐ。緊張は相変わらずだが、この状況の巡り合わせに喜びを感じる余裕も少し出てきた。が、 「佐藤さん、いきなりで不躾な質問いいかな…」  やや表情を変えた菅原さんが恐る恐る尋ねてきた。その様子に、また緊張が高まり、次に出てくる言葉に心の中で身構えながら菅原さんの方を見る。 「おすすめのスキンケア商品って、何かあるかな…?」  照れとも羞恥とも緊張ともとれる様子で、菅原さんが訊いてきた。それを聞いて、今更ながら、今いる場所がスキンケア商品が置かれたコーナーであると思い出し、ならば話題がスキンケアのことになってもおかしくないか、と頭の中で思考がこだましながら、そんなことより、肌の話になったと分かった瞬間、ついこの間まで肌が荒れていたことや、過去の肌荒れの記憶が脳裏に走って、何と答えたらいいのか、言葉に詰まってしまった。  そんな私の様子を見て、菅原さんが慌てたように続ける。 「あ、ごめん…その、実は、今はましになったんだけど、昔肌荒れがひどくて、今でも季節的に暑くなってくると荒れちゃうことがあって、それで何かいいスキンケアの商品がないか探しに来たんだけど…」  昔肌荒れがひどくて、という言葉に、自分の体験を重ねる。 「ここにあるものも、いくつか試したことがあるんだけど、どれも決め手に欠けてて、それで佐藤さん、何かおすすめがあったら教えてほしいなと思って」  私と同じだ、なんて思うことは、おこがましいかなと思いながら、それでも菅原さんの話を聞き、その中に共通点のようなものがあると知り、戸惑いと、少しの喜びが入り混じった感情になった。ほんの少し前、頬に〈あれ〉があった状態ならば、こんな風ではいられなかっただろう。でも今は、その時から変わった実感もあり、わずかながら自信も持てている。なにより、菅原さんの境遇を、私自身も経験しているからこそ、菅原さんの気持ちに寄り添いたいという気持ちが沸き上がり、私は思い立って、菅原さんの質問に答えた。 「私も、つい最近友達に薦められて使ってる商品がすごく良くて、私は気に入って、そこのを買って使っているんですけど、そのトライアルセットが一つ余ってるので、菅原さん、もしよければ使ってみますか…?」  自分がちゃんと喋れているかということに加えて、どんな風に思われるか心配になったが、菅原さんはそんな心配を吹き飛ばすようにいつもより明るく、でもいつものように柔らかく、答えてくれた。 「ホント!いいの?ありがとう!」  その答えに、私はほっと胸をなでおろす。同時に、肌に心配事がないだけで、いつもよりこんなに大胆になれるものかと驚いた。
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