それはそれで

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 ──ねえ、ママ。うちには何でパパがいないの?  お母さんと手を繋いで公園にいたときのことだ。キリンの滑り台を滑ってお母さんに抱きついて、そこからの突拍子もない質問だった。それだけに、お母さんは予期できなかったその質問を困惑の表情で受けとめた。よく、覚えている。 「……絵美、パパはね。うん、天国にいっちゃったんだ」 「パパ、死んじゃったの?」  あのとき、私はお母さんをよしよししてあげたんだ。よく、覚えている。お母さんの表情が歪むのを見て、子供心にお母さんの苦しみを取り除こうとしてた。  今思えば、嘘を伝える懺悔の気持ちがあの表情だったんだと思うと、少し笑えてくる。  ──写真立ては謝るように、キッチンカウンターに頭を垂れている。 「で? どういうこと? お父さんは生きてるってこと?」  ミルクティーを飲むか飲まないか程度に啜った。 「そ。生きてるわ。ショックを受けるだろうけど、絵美がまだ3つのときに、お父さんは出ていったの。ごめんね、今まで。お母さん、嘘をついてた」  ふるふるふる、と首を振った。謝ることがあるものか。謝るべきは、今こうしてキッチンカウンターに額をつけ、死んだことになっているこの人だ。 「謝んないで。全然、いいよ」  お母さんはふうぅと息を吐いた。この十七年に渡って溜め込んだものを一気に吐き出すように。  皺が増えたなと思う。私がいたから、お母さんは再婚する暇もなかった。ありがとう。喉元まで出かかるが、なんだか安っぽくて、やめた。 「はぁ、なんだかスッキリしちゃった。これを言わないとね、絵美に渡せないんだよ」  お母さんがキッチン奥に消えて、大きな花束を持ってきた。 「お父さんから二十歳のお祝い」  お母さんが苦笑して、なんだか嬉しいやら嬉しくないやら分からないその花束をそっと受け取った。
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