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吉井さんと過ごす時間。
過去にも未来にも関心を持たない今。この瞬間だけに吉井さんの意識を持っていく。
それが脱がない私がやるべきことだとそういうことにした。
勉学に長けている吉井さんと話す内容はいつも楽しかった。
歴史の年号を覚えやすくしよう!と2人で盛り上がり一発急所(1894)日清戦争とか何の脈略もない語呂合わせをしたりした。
吉井さんは「僕にとって食べるっていうのはね、吐くための行為なんだよね。飽食時代の甘えかな?だからこれははるちゃんが食べてね」そう言いながらうれしそうにモンブランケーキを私の口に運んだ。
「おいしすぎます!このケーキ!」
「アンジェリーナっていってね、まだ日本では珍しいけど何店舗かあるよ。」
都会ってこんなに美味しいものがあるんだ。
世の中は広い。人の要求なんてもっと無限だ。
それを拾えなくたって仕方ない。
だからもう考えても仕方ないや。
ケーキがおいしい。
私はおいしいケーキが食べれる幸せ者だ。それでいいや。
そんな私の食いしん坊顔を見ると、吉井さんはギザギザした歯を見せながら笑ってくれた。
吉井さんは時折自分にできないことを私に託しているように思えた。
食べる、笑う、そして吉井さんを愛する。
「二度と会わない人ほど満面の笑顔をするようにしてるんだ。最後の表情はお互いにとってそれが良いから」
「あの…それは私もわかる気がします」
人はいつ会えなくなるのか、ましてやいつ亡くなるかわからない。
相手が生前最後に見た私の顔が仏頂面でないようにと尚更に願うようになったのは、この頃からだった。
この話を聞いてから見送る際、吉井さんの無表情が気にならなくなった。
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