かぶと虫とクワガタ

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かぶと虫とクワガタ

 いつもぼくは勝負に負けちゃう。  だって相手はクワガタくん。  あんな大きなあごで攻められるんだから、ぼくのツノがどんなに立派でも、負けちゃうのは仕方ないよね。  ぼくが弱いんじゃない。  クワガタくんが強すぎるだけ。  ぼくはなんにも悪くない。  クワガタくんに負けて、いつも家族にも友だちにも自分にも言い聞かせてた。  けれどある日、それを知ったクワガタくんがぼくをまた勝負にさそってきた。  負けることが分かってるのに戦うなんていやだなぁ。  でも、この日のクワガタくんの顔は、いつもよりも真面目だった。  ぼくはいやだったけど、クワガタくんのさそいに乗って、戦うことにした。  そして間もなく勝負が始まった。  いつもなら、クワガタくんはあの大きなあごでぼくをはさんで遠くに放り投げる。ひっくり返ったぼくをさらにあごではさんでしめあげてくる。そこでぼくが降参して勝負は終わる。  そう、これは、『いつもの話』。  けど、この日のクワガタくんは、ぼくに近づいてきたけれど、そのまま大きなあごを使わずに、わざとぼくのツノがクワガタくんのお腹に当たるようにしてきた。まるで、自分から負けようとしてるみたいに。  ぼくは、自分の立派なツノを大きくふりあげて、クワガタくんをひっくり返し、たおした。  初めてクワガタくんに勝てた。  本当はうれしいはずなんだけど、ぼくの心はモヤモヤしていた。 「なんで喜ばないの?勝てて嬉しくないの?」  クワガタくんがそうきいてきた。 「クワガタくん、今日、わざと負けたでしょ。だから、うれしくもなんともないんだよ!」  クワガタくんはぼくの顔をじっと見つめて、ゆっくりと話し始めた。 「かぶと虫くん。かぶと虫くんは、いま、おれがわざと負けたことをおこってるんだよね?」 「そ、そうだよ!」 「かぶと虫くんがいまおこってるってことはさ、おれと、ちゃんと、しんけんに戦って勝ちたかったってことだよね。」 「……うん。」  ぼくはこれしか言えなかった。  クワガタくんは続ける。 「かぶと虫くんは、『クワガタくんが強いから勝てない』ってみんなに言っているし、本当にそうなのかもしれないけど……。」  クワガタくんは、大きくいきをすって言葉をつづけた。 「おれはね、そんなかぶと虫くんは、それをみんなに言うことで、自分の弱さ(・・)からにげてると思うんだよ」  ──ぼくは言葉が出なかった。  だって、本当のことだったから。  ぼくは、いままで、クワガタくんが強いから、ぼくはいつも負けるんだって言ってきた。  けど、クワガタくんに勝つためにがんばることはしなかった。  そのわけはきっと、クワガタくんが言った通り、ぼくが、自分の弱さとちゃんと向き合ってなかったから。  ぼくのほおを一粒(ひとつぶ)のしずくが、すべりおりていった。  それがひとみからこぼれおちたものだと気づくころには、ぼくの顔はくしゃくしゃになって、クワガタくんの顔もゆがんで見えていた。  ぼくはせいいっぱい、いまの気持ちをクワガタくんに伝えた。 「ありがとう。ありがとう、クワガタくん。クワガタくんのおかげで、ようやくぼくは、自分の本当の気持ちに気づけたよ。」  弱かったのは、いつも勝負に負けるぼくじゃない。 「本当に弱かったのは、勝負に負けたことをいつもクワガタくんのせいにしてた、ぼくの『()』だったんだね。」  そしてぼくは、クワガタくんの目を見て力強く言った。 「次こそは、絶対にクワガタくんに勝つからね!本気のクワガタくんに、勝ってみせるからね!」  クワガタくんは満足そうな顔を浮かべる。 「のぞむところだよ、かぶと虫くん。次戦うときは、おれも本気で勝ちにいくから、覚悟しといてよね!」  ぼくらはお互いの武器である、ツノとあごを合わせ、また戦うことを約束した。  ぼくらはまた戦える。  クワガタくんは、ぼくのえいえんのライバル(・・・・・・・・・)。  そして、ぼくの気持ちを変えてくれた、かけがえのない『友だち』だ。  おしまい。
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