桜の咲く頃に

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桜の咲く頃に

みんな、聞いて。 私、好きな人がいるんだ。 その人はね。私の隣に住んでいるの。 その人を初めて見たのは、大学を卒業する少し前。就職先もなんとか決まって、春からは一人暮らしをしようと部屋探しをしていた時だった。 実家からは少し離れた職場。不安ではあったけど、お父さんにもお母さんにも相談して、ここら辺がいいんじゃない? っていう地域をうろうろしてた。 やっとのことで見つけたのは小さなアパート。不動産の人に話を聞いて、とりあえず見てみます? ということになったから、その足で見学に行ったの。管理人さんに挨拶して、空き部屋になっている二階へ一緒に上がっていった。カンカンカン、と靴が階段の板を踏む音が新鮮だった。 私の実家は一階建ての平屋だから、二階建てってだけでどきどきするもんなんだよ。でもね。それとは別のどきどきがその時二階からやって来たの。それが彼だった。 狭い幅の階段だから、どっちかが隅に寄らないとすれ違えないんだよね。だから彼、私たちを見たとたんに、げって顔をしたの。わかりやすい。そんな顔をしときながら隅に寄って、お先にどうぞって言ってくれたの。ちょっと笑っちゃった。私は、ありがとございますって会釈をしながら早足で上っていったんだ。上がりきったところで後ろを見てみると、下に降りていく彼の頭がちらりと見えた。 なんとなく、私たちとは逆方向に向かう音が聞こえなくなるのが気になった。 初見はこんな感じ。 悪くは、ないでしょ? 見学をし終わった私はすぐに契約しようと決めた。別に彼がいるからって理由じゃないわよ。違うって。 そのアパートは二部屋にダイニングキッチン、お風呂にトイレ付き。新社会人としては十分な物件でしょ。……ほんとはそこしか空いてなかったのよ。他人と同じ屋根の下で暮らすなんてそれまで考えたこともなかったし、契約は早い方がいいと思ったの。 そんなわけで、私はそのアパートで一人暮らしを始めることになったんだ。 桜の花びらが舞う、春先のことだった。
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