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男の声の主は清宮洋二。艶子の三年間付き合っている恋人である。彼とは同じ歳なのでそろそろ結婚しようか、と二ヶ月ほど前に話をしていたばかり。
また、洋二は五つ下のフロアであるセキュリティ部門に勤務しているため、そう23階に来ることはない。
すぐにパタパタとフロアの遠くへ小走りする音がして、艶子は息を潜めた。しんとしている分、艶子の心臓から発される嫌なドキドキ音が耳いっぱいに響く。
(一体洋二は何をしにここへ……?)
今夜は艶子が自分のことでいっぱいだったため、彼とはまだ連絡も取っていなかった。
しばらくすると「すみません、ありました!」と、こちらへ駆け戻ってくる足音がした。
「よかった、家の鍵なくしたら大変だもんな」
「はい。野宿しないといけなくなります」
甘ったるい女の声に、艶子の体が小さく震える。嫌な予感がした。
(お願い……思い過ごしでいて……)
「そんなことは俺がさせないよ。留美ちゃんは俺の家に連れて帰るから」
「ふふっ、頼もしい」
「そうかな」
洋二の声はとても嬉しそうで、どんな顔をしているのか簡単に想像ができる。
「でも本当にごめんなさい」
「ううん」
「優しいですね、清宮さんって。ホテルでも必死に鍵を探してくれていましたし」
「当然だよ、でも留美ちゃんの焦り顔可愛かったな」
デレッとした洋二の声は最近ではなかなか聞けていない。
それよりも二人の会話だ。内容が内容なだけに、一瞬で胸は激しい炎が灯ったように熱くなり怒りを覚えた。
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