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――長雨がふる街で、とあるバーから飛び出した男が、服が泥に汚れるのにも構わず跪き、「神よ、ありがとう」と言った。その体に着いた血が、雨によって洗い清められても、その男の罪は消えることはない。――
話はその、数十分前にさかのぼる。
バーで、男が一人、酒を飲んでいた。
身なりがいい。だが、その装いは、この街に住む他の住人と同じように、傘も役に立たないほどの横殴りの雨で、ぐっしょりと濡らされていた。
男は、この街でFlecker子爵として知られていた。
カウンターに一人腰かけ、琥珀色の液体を胃に無理やり、流し込んでいた。ずいぶんと長い時間、飲んでいるようで、目の焦点が定まっていないのが見て取れる。
こんな風に長雨が続くとき、フレッカー子爵がこうしてバーで飲んでいる姿を見つけるのは難しくない。その理由まで知っているものを見つけるのは難しかったが。
ストーブで、椅子が燃えていた。あまりの寒さに子爵が焚き付けにしたものだ。ストーブの熱は、バー全体を温めるほどではなかったが、子爵はそれで満足するほかなかった。初夏のこと、薪は用意されておらず、バーのすべての椅子を主人に無断で燃やすわけにもいかなかった。
その時、ドアベルが鳴った。雨音と共に入ってきた男の身なりは、子爵とは比べ物にならなかったが、濡れ方は同じくらいにひどい。
男は渡り鳥の季節労働者で、仕事を求めてあちこちの街をふらついていた。この街に来たのも一再ではない。
「主人はどうした?」
痩せた体に似合わぬ野太い声で、子爵にそう聞いた。
「長雨でな。喘息が悪化したと、言っていた」
それを聞いた痩せた男は、遠慮なくカウンターの向こう側に入り、酒瓶とグラスを物色した。狩りの結果に満足した痩せた男は、カウンターのこちら側に座り、飲み始めた。
ひどくなったり弱くなったりする、雨音が奏でる音楽のみが、この場の語り手だったが、やがて、どちらともなく
「こんな日には古傷が痛む」と、言った。
「そうだな」と、言わなかった方が返した。
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