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「雨、止みませんね」
隣の女が言った。
どうして、ここにいるのかも、ここがどこなのかも忘れた。ただ目の前には灰紫の雨が降る街並みが続いている。それだけだった。
「すみません。おかしなことを聞くようですが、ここはどこですか」
女はわずかに目を見開き小さく驚きの色をうかべると「そう。これはあなたの」とつぶやいた。そして自嘲の色に変わった瞳は、焦がれるように街の景色を映している。
「では、先を急いだ方がいいですよ。ここは、あなたのための街ですから。さあ、早くお行きなさい」
「僕のため、とはどういうことですか。それに、あいにく傘をもっていません」
「その左手に持っているのはなんですか」
おかしそうな視線を受け、手元を見やるといつの間にか僕は黒い傘を握っていた。
「さあ、早くお行きなさい。次の電車が来たら取り返しのつかないことになりますよ。さあ早く」
女に追い立てられ、傘を開き雨の中に一歩踏み出した。自分が雨宿りしていた建物をみやり、はじめてそこが誰もいない駅だと気がついた。
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