「犬だから」

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「うぅん、そうじゃなくって――」   そんなことしなくてもいつだって誘われているのに。  そう思うとなんとなく可愛らしくなって後ろ髪をわしづかんでぐいと引いた。こんなに乱暴な仕草なのに彼はぞくりとしたように肩を震わせる。  ――このマゾヒスト。 「枕はもういいわ、こっちにおいで」  一度躯を起こして、自分の隣に招いた。  以前添い寝をしてもらったときと同じぐらいの距離、間にひとひとりが入れる程度の隙間を空けて、諒は身を横たわらせた。  向かいあったまま、やわらかな髪を丁寧に撫でてやる。 「沙璃様……」  嬉しさに双眸を細めながらも諒は少し不安げだった。  自分がなにをすればいいのかわからないからかもしれない。 「犬は喋らないわよ」  そういうとはっとして口を噤んだ。代わりに茶の瞳に問う色が浮かぶ。  ――しかたのないひと。 「言ったでしょ、犬と一緒にごろごろしたいんだって」  髪を撫でる手を側頭に滑らせた。横髪に指を梳きいれ、耳の後ろを優しくくすぐる。 「ん、んっ……」  耳朶の手触りはびろうどのようで、その後ろの皮膚はきめ細かく上質の絹布を思わせる。年が二十近く違う、二十代の沙璃よりも肌の張りはいくらか弱い。だが、それが逆にやわらかさを感じさせて心地好かった。  指先で舐め、味わう気持ちで頚部へと肌を辿る。  彼は睫毛を伏せ、こもった息を吐いた。  顎の下を撫で、甲状軟骨をなぞり喉仏を軽くつっつく。首を触ると少し緊張するのは、きっと絞められることを恐れているからだ。きょうはしないのに。そう可笑しく感じたが、彼が怯えるさまは可愛らしく、そのままにしておく。両の鎖骨の間に指を這わせると、また明らかにびくりとして喉を反らす。  そのまま数度指を動かして、身を起こした。 「さり……」  睨むと口を閉じた。
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