なにもしなくても

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なにもしなくても

 彼を放ったまま一度ベッドから降り、ショルダーバッグから厚い美術書を二冊引き抜いた。 「これ、今晩中に目を通しちゃいたいのよね」  本を抱えて諒の隣に寝転ぶ。ずしりとした重さにシーツが沈んだ。抱えてくるときだって相当重かったのだ。  諒はきょとんとした顔で沙璃を見た。  遊んでもらえるのではなかったのですか?  言葉にするならそんなあたりか。  無視して隣にうつ伏せになり、本を広げる。左手でページを捲りながら右手、片手間の動きで諒の頭を押さえ込んだ。 「ッん……!」  問う目をベッドに伏せさせて、犬の頭でも撫でるように後頭部を撫でくる。 「…………」  視線を本に向けていても諒が懸命にこちらの意図を汲み取ろうとしているのは感じられた。感じられたから、言葉ひとつかけてやらなかった。読書に集中したくもあった。  静かな部屋にページを捲る音がちらちらと落ちる。  時折、気まぐれに、また本の内容がうまく飲みこめないときに諒の頭を引きよせた。そのまま耳の後ろをくすぐったり頭頂にキスを落したりして愛玩した。まるで、犬やぬいぐるみのように。気が済めば離して首や肩に手をおいた。まるで、クッションのように。  諒はそのたびに緊張して、自分がなにをすればいいのか戸惑っていた。  ――そのままでいいのよ。  彼は昨秋、長年の隠遁生活に終止符をうち、叔父の経営する会社に顔を出しはじめた。最初のうちはなにをするでもなく会食に同席するだけだったが、そのうち、なにか小さな仕事に関わるようになったらしい。  あの子はできない子じゃないからね。
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