13人が本棚に入れています
本棚に追加
受け継ぐもの
父は大正生まれだと聞いていた。
八人兄弟の長男で、終戦間際には出征もしたが、行きの列車の中で終戦を迎えた、という幸運な人らしい。
四十歳手前でようやく母と結婚したが、私が物心つく前に他界し、
私に父の記憶はない。
父についての私の知識は、上記の経歴に加えて、
何枚かの写真からわかる容姿、
隣市の大手工場へバイクで通勤する途中に交通事故で亡くなったという事実、
そして、親族から聞かされた父の性格。
それのみである。
「アンタのお父ちゃんはね~、
そりゃぁ変人じゃったっちゃ!!」
……『変人』以外の評価を聞いたことがない。
「アンタの変人は、きっと父親譲りよ!」
……それもすでに聞き飽きた。
まだ幼かった私の手元に遺された父の遺品は、
工場の名前入りの大量の原稿用紙、
そして、小さなケースに収められた、ひと揃いの金属製の道具だった。
原稿用紙は、漢字の書き取りや読書感想文などの学校の宿題で、小学生のうちに使い切った。
父の大切な遺品のはずなのに、もったいないという気はまったく起きなかった。
逆に、市販の原稿用紙ではなく、その会社名入り原稿用紙を使うことが、なんだか特別なことのようで楽しかった。
文章を綴ることを楽しいと思う気持ちは、間違いなくあの原稿用紙から始まっている。
金属製の道具は、それが何なのかまったくわからないまま、ずっと机の中にしまい込んでいた。
用途を調べようとまでは思わなかったけれど、
なぜかずっと気にはなっていて、時々取り出しては眺めていた。
大学生になって専攻の研究室に通うようになって初めて、その道具の使い途を知った。
どこかで見たような道具が、研究室に備えられていたからだ。
『あ!! これ、父ちゃんのと同じ!!』
……そうか、製図用具だったのか。
奇妙な因縁に驚きはしたけれど、
貧乏学生の私の頭にまず浮かんだのは、
『ラッキー! 自腹で買い揃えずに済む!』だった。
長年の疑問が氷解した爽快感の上に、まさかの幸運な偶然までが、おまけについてきたのだ。
さっそく持参して意気揚々と使っていると、
指導教授がしげしげと私の手元を覗き込んだ。
「それ、お前のか?」
「はい。 っていうか、父のです」
「親父さん、設計士か何か?」
「……? さあ??」
「ええ品やで、それ。だいじに使えよ」
工場勤めだったという父は、どうやら技術者だったらしいということに、
私はその時、初めて気がついた。
父が、実在する人間としてすとん、と私の心に降りてきた、
これが初めての瞬間だった。
最初のコメントを投稿しよう!