第一の神

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第一の神

「グルぁ! 喰っちまうぞ!」  黄色い悲鳴を上げながら逃げ出す子ども達の背中を見送る。揃いも揃ってあの子たちは、とびっきりの笑顔で遠ざかっていく。  時空の勇者は腰に手を当て、笑みを漏らす。焼かれて崩れかけた建物の影に消えるのを見送って、彼女は背後からの足音に気づき振り返った。 「レインか。もう動いて大丈夫なのか?」  少しばかり背の低い、機械の身体を持つ少女。レインだった。 「大丈夫。ジェネレーターも問題ないって」 「だが一度止まったのだろう? 本当に大丈夫なのか?」  ジェネレーターはレプリカントにとって心臓部にあたるらしい。それが戦闘中に貫かれたとあれば、気にするのも当然だった。 「うん。あの子が、治してくれたみたい」  レインは胸元に手を当てながら言った。  腕や胸を包帯で巻き、所々薬草の端が見て取れる。痛々しい見た目をしているがジェネレーターさえ無事ならば、大した傷では無さそうだ。 「お前に勝っただなんてな。羨ましい限りだ」 「うん。完敗だった」  西の空に低く浮かんだ陽の光に目を向けながらレインはぼんやり答える。具現の勇者は音がしないよう、静かにため息をつく。 「聞いたか? 新種族のこと」  レインは無言で首を振る。 「レギオンと呼ぶらしい。英語で軍団の意味だそうだ」 「そう」 「危険度は紫。万が一、レギオンが絡んでくるとみなされた依頼は、優先的に私たちへと廻されることになる。だから、もう一度聞く。大丈夫か?」  不滅の勇者の襲撃から一日だって経ってない。気持ちの整理ができてないのは具現の勇者も同じ事だった。師であるレインは尚のこと、やり切れない想いだろう。気の利いたセリフの一つ言えれば良かったが、残念ながら何一つとして思いつきはしなかった。  レインの腰で片手剣が揺れる。青色の刃を持つオリハルコンの剣だった。  誰か手を貸してくれと、離れた場所から声がした。瓦礫の下に怪我した生存者がいるらしい。レインは一言、大丈夫、とだけ呟いて時空の勇者に背を向ける。そして彼らの元へと近づくと、片手一つで大きな瓦礫を持ち上げて見せた。  少しばかりの歓声と、まばらな拍手が沸き起こる。救助された怪我人は幸い大した怪我は無さそうだった。  感謝と尊敬の眼差しを受けるレインを遠目に見ながら、ほんの少しだけ笑みを浮かべる。そして静かにため息をつくと、自らの魔法で別空間へ転移した。  コンクリートに蛍光灯のどこもかしこも白の部屋、汚れのないガラスで仕切られたこちら側には似つかわしく無い赤いソファーに沈み込む、具現の勇者の姿があった。ラップトップ型コンピュータを胡坐をかいた足に乗せ、基本は片手でタッチパッドを、時折両手でキーを叩く。頭には青いランプが明るく灯るワイヤレスのヘッドホンを装着し、例の如く断続的な重低音が漏れている。 「いい場所をありがと。おかげさまで、色々わかって来たところ」  ガラスに片手でそっと触れる。ヒンヤリとした透明の無機質な壁の向こう側で、見るからに清潔そうな白いベッドに一人の少女が眠っている。彼女の腕には点滴の針が固定され、点々と滴る液がチューブを通じて伝う。一方その両手足首には太い皮のバンドがつけられ、暴れぬようにベッド枠に堅く拘束されていた。 「この蛮族。じゃなくてレギオン」 「タクトだ」 「そう、タクト。今は段階的に強くした麻酔で眠らせているけど、もうすぐそれも限界が来る。たぶん魔法の影響だと思う。麻酔だけなのか毒物全般なのかまでは分からないけど、さすが、蛮族初の紫ランクって感じ」  私も一応紫なんだがと、ぼやく。聞えたのか、種族としては紫ランクじゃないでしょ、と具現は言った。 「物理的にも拘束しているけど魔法の性質が分からない以上、ドレイクちゃんも気を付けて」 「わかっている。だがこれは些か……」 「やりすぎだって? そんなことはないでしょ。不老不死で自己を増殖出来て、魔神だって味方につけた位なんだから。むしろこの程度では甘い」  眠っているにしては動きが無い。死んでしまったのだろうかと、心配になるほどでもあったが具現の勇者が許さないだろう。 「レントゲンも取ったしCTも済んだし脳波もモニターしている。あとは精神面をモニターできれば良いんだけど、そんな装置は無いから我慢するしかないか。じゃあ、後やることは。損傷に対する治癒能力の限界調査かな」 「何をする気だ?」 「一言で言うなら――」  タッチパットで指を滑らし、指の腹でクリックする。そして両手を組んで伸びをすると一気に力を抜き去った。 「解剖、かな」  言葉を失ったドレイクに、嘘だよと笑う。ドレイクはため息をつき、具現の勇者に背を向ける。そして一言、また来るとだけ伝えると、魔法を使いその場から消えた。  長い髪を掻き上げて、一度だけラップトップのキーを叩く。厚いガラスの向こうでは、小さな動作音と共に、天井からロボットアームが降りる。彼女が見つめるその手には、蛍光灯に白く輝く銀のメスが握られていた。
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