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「うわ」
出社して早々、エレベーターの中でいきなり顔を覗き込まれた。
……うわ、ってなんだ。うわって。
私は不愉快丸出しであろう視線を、容赦なく隣に送りつける。
「おはようございます、金村係長」
「おーす。ヒデェ顔してんぞ。ちゃんと寝てんのかよ」
「全くもって余計なお世話でございます」
「お前なー、丁寧に言えばオッケーと思ってる?」
……そっちこそ、私になら何言ってもオッケーと思ってません?
なんて私の内心を知ってか知らずか、ケラケラと楽しそうに笑うその人。
金村堅太郎。
いかにも真面目でおカタそうな名前とは裏腹に、ユルくて、口が悪くて、おまけにドがつくほどお節介な、私の直属の上司だ。
ちょっとイケメンなのが、ますます悔しい。
「まーた夜更かししたんだろ。ドラマ観んのも程々にしろよ。せめて休みの前の日にするとかさぁ」
きっちりセットされた前髪の隙間に、黒々とした切れ長の瞳が覗く。
首筋のあたりからシトラス系の爽やかな香水がふわりと香って、思わず息を止めた。
金村さんは、イチイチ距離感が近いから困る。
この人の辞書に、“パーソナルスペース”という言葉は無いんだろうか。
「ご心配には及びません。あの、ちょっ……ちょっと離れてください」
だから、近いっ……近いってば!
私は顔を背けながら、金村さんの胸元を押し返した。
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