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侍従と名乗ったからには、呼ばれなければ儀礼に則ってそれ以上踏み込んでこないことは知っているけれど、エリオットはローテーブルを盾にして一人用の肘掛け椅子へ避難する。本当はブランケットをかぶって姿を隠したいくらいだ。さすがに、二十三にもなってやることではないので自重するが。
十八平米ほどのリビングには、年代物のマントルピースをはさんでアンティークのチェストや本棚が並んでいる。エリオットの趣味ではなく、ここを所有していた祖父のものだ。床に敷かれたラグもずいぶんへたっている上に汚れた靴で歩き回るものだから、全体的にえんじ色っぽいのは分かるが、もとがどんな柄だったのか想像もつかない。
年齢に見合わない調度に囲まれ、お茶を出そうと言う素振りさえ見せない家主に気分を害した様子もなく、「単なるバッシュ」は空振りに終わった右手でジャケットからなにやら大儀そうに引っ張り出した。
「ヘインズ公爵、王太子殿下より貴殿への招待状です」
二人の間にあるローテーブルを指さすと、乱立するマグカップをよけて白い封筒が置かれる。
バッシュがもとの位置に下がるまで待ってから、エリオットは招待状とやらを手に取った。
蝋を触っているような、もったりと滑らかな封筒には、淡い緑のインクで「エリオット・ヘインズさま」とあて名書きされている。tの二画目を左にはねる癖は、間違いなくエリオットが知る王太子の筆跡だ。
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