フラット3-2 デファイリア・グレイ

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 もちろん、この花を取り寄せて再プロポーズなんてことは考えなかった。だいたい、アニーがどこでどうしているかなんて想像もつかなかったし、ヘインズ家の敷地から出られない状態で、初恋の相手に会いたいなんて思えるわけがない。ただ自分の手でこの花を育てられたら、戻りたいと願った箱庭の思い出を身近に感じることができる気がした。  現地の園芸家に依頼して取り寄せたデファイリア・グレイは、残念ながら一筋縄ではいかなかった。霧吹きで水をかけたくらいでは透明にはならず、かと言って長時間雨に打たれるとその刺激で花弁が散ってしまうほど繊細。そもそも高山植物はシルヴァーナの気候に馴染まない。最初に届いた数株はすぐにしおれてしまった。  庭師に相談して野草を研究する大学教授――ゴードンだ――に教えを請い、まずはこの国でも育つよう品種改良をすることにした。温度と湿度、光を生息地に近い環境にした室内で株を増やし、十分な種を取ったら今度は少しずつ環境を変えながら発芽を試みる。そうして状態のいいもの同士をさらに交配させ……と言う地道で果てしない工程だ。  飽きもせず作業すること数年。いまではシルヴァーナの気候でも安定して咲く品種になった。 「時間は売るほどあるニートなんで」  抱えてきた苗をハウスに運び込み、エリオットはだるくなった両腕を振る。
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