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張りきったおかげで、目算通り花壇のほぼ中央地点で逆端から始めたバッシュと合流するところまで来た。
エリオットが思いのほか早く作業を進めているのに気付いたのか、バッシュが手を止めて麦わら帽子のひさしを上げる。
「失念しておりましたがヘインズさま、お電話の前に朝食はお済みでしたか?」
「んー?」
朝食?
右手に受け止めた苗をぽんと穴に放り込んで、エリオットは首を傾げた。
「……そう言えば食べてないな」
朝一からゴードンの相手をして、そのあとすぐに届いた苗を屋上へ運んできたから、朝食をはさむ時間がなかった。一度作業を始めると空腹が気にならないくらい没頭してしまうので、言われなければ気づかなかったくらいだ。
「気が回らず、申し訳ございません」
「いや別に……」
ここ二週間ほど、出されるものを食べる習慣がついてしまっているが、もともとはバッシュが顔をしかめる栄養ゼリーやシリアルバーで適当に済ませていたから、あまり朝食への執着はない。だから、何もそんな「とんでもない失敗をやらかした」みたいな顔をされても困る。
餌やりを一回忘れたくらいで餓死するペットじゃないんだけど。
「いま何時?」
エリオットが尋ねると、軍手を外したバッシュはシャツの胸ポケットから腕時計を取り出す。
「十時四十分です」
「おれが残りやって十一時には終わらせるから、あんた先に戻って準備しといて。コテとポットは置いといていい」
「承知いたしました」
そう言って立ち上がったバッシュは、しかし立ち去る気配がない。
何度か伸びをする動きの後、その言葉はごく自然に降って来た。
「ヘインズさま、かたくなに殿下のご招待を拒否なさるのは、どう言った理由からなのでしょうか」
ここで来るか。しかも絡め手無しの直球どストレート。
ずっと言いたかったのだろうが、それでもたったいま思いついたから口にしたと言うような軽さで。
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