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「いやだ!」
振り向きざま、悲鳴を上げて移植ゴテを投げつけた。それはとっさに避けたバッシュの頬をかすめ、ひさしに当たって麦わら帽子が飛ぶ。
飛びのいた体の全部が心臓になったように脈打ち、耳鳴りがする。
急に動いたからか目がチカチカして視界が回り、エリオットはその場に両膝をついてえずいた。
「っ…ぇ……」
朝食を抜いたために逆流するのは酸っぱい胃液だけだったが、痙攣するみぞおちを抱えてさらに数回吐く。
「エリオット!」
「触るな!」
かがんだバッシュが手を伸ばそうとするのを、必死に叫んで拒絶する。
震える腕で、這うように大きな影から逃げた。
息が苦しい。吸って吐く、たったそれだけのことなのに、いつもどうやって呼吸をしていたのか分からくなった。
「……エリオット、おれはお前に触ったりしない。だから落ち着いて息を吐け」
「いや……来ないでっ……」
「大丈夫。エリオット、息を吐くんだ。ゆっくり、そう」
バッシュの大きな手が、たん、たん、とリズムを取って花壇の淵のレンガを叩く。
この手は、エリオットに触らない。息を吐く。ゆっくり。
鈍い頭で、一つずつ言葉を理解する。
「おれはここから動かない。大丈夫だ」
額から流れてきた汗と涙でぼやける視界に、紫色のビオラとバッシュの手だけがはっきりと見えた。
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