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フラット3-4 その日に起きたこと(※)
いつもの時間になっても、バッシュは帰らなかった。
パニックがおさまり、おぼつかない足取りながらなんとか自力でフラットのベッドへ倒れこんだエリオットに、着替えや飲み水をかいがいしく用意すると、一緒にキッチンの折り畳み椅子を寝室に持ち込んだ。
彼らは必要なら何時間でも立っているのが仕事だから、それだけで長期戦の構えなのが分かってうんざりする。
追い出す気力もないエリオットは、部屋の電気は消すなとだけ厳命し、うとうとしては目覚めるのを半日ほど繰り返した。何度うなされて飛び起きても、バッシュは何も言わずにそこにいて、寝汗をふくタオルを差し出してくる。
夢はいつも同じだ。冷たい床に投げ出されたサイラスの体。使用人の悲鳴と駆け回る足音。暗い部屋と、体を這い回る気持ちの悪い手。
繰り返し見る悪夢に疲れたエリオットは、真夜中を過ぎるころには眠ることも放棄すると、バッシュに背を向けてベッドに沈んだ。
「おれとの関係、ラスから聞いてないのか?」
出し抜けに尋ねると、バッシュが身じろぎする気配がした。
「ラス? 殿下に? とくになにも。『気安く近寄らないように』とは仰っておいでだったが」
メデューサかよ。いやあれは目が合ったら石になるんだっけ? でも寄られたら石になるな、エリオットが。
「そうじゃなくて、ラスとどう言う付き合いなのかとか、おれの身上的なこと」
「それも特に。侍従長からは簡単なプロフィールだけ。名前や年齢、学歴。それから……前公爵の実子じゃないことも」
そりゃそうだ、孫なんだから。
バッシュは言いづらそうに口にしたが、別にそれは秘密でもなんでもない。実子のいない貴族が血縁から相続人として養子をとるのは一般的だし、詳しいいきさつなどどこにも説明していないから、ぽっと出のエリオットがそうだと思われているのも知っている。
それより重要なのは、エリオットがサイラスの弟であることを、バッシュは知らないと言うことだ。
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