フラット3-4 その日に起きたこと(※)

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「近寄るなって言うのは、気難しいやつだからだろうと思ってた。そうじゃなかったんだな。すまなかった」 「偏屈なのは間違いないだろ」 「そこでいじけるなよ」  いじけてないし。 「お前、言いたいこと山ほどありそうな顔するくせに、全然言わないな。人となりは部屋の様子とか口ぶりから、なんとなく察することはできる。けど、お前が本心でなにを思ってるのかなんて、言葉にしなきゃ分かんねえんだよ。おれは、お前を傷つけるようなことはしたくない」  首に縄付けて連れていくって言ってたくせに、ずいぶんな変わりようだ。やはり、根っからの世話焼きなんだろう。  エリオットも、あれだけの醜態をさらしたあとで、ごまかせると思っていない。 「他人に触られるのも、側に寄られるのも嫌なんだ。……怖い」  ガタガタと音がして目を向けると、バッシュが壁際まで椅子を動かしていた。 「……もっと下がったほうがいいか?」  バカがいる。  まじめに尋ねてくるのが面白くて、少し気分がよくなったエリオットは起き上がった。バッシュがいるのとは反対側の壁に背中をつけて、膝を抱える。日付をまたぐころにも関わらず昼間のように明るい部屋で、滑らかに周回する時計の秒針を見つめた。 「……十二のとき、だれだか分からない奴に襲われたんだ。暴行じゃなくて強姦の方」 「ご……」  絶句するバッシュに、「最後まではされてない」と付け加える。それが重要かどうかは分からないけど。 「べたべた体を触られて……あれなんて言うんだっけ。素股ってやつ? とりあえずそれで満足したらしくて、だからバージンは無事なんだけど」  もとから引っ込み思案であがり症の陰気な子どもだったのに、それが駄目押しになった。  強姦――挿入まで至らないものをそう言うなら――未遂。十年も前の、たった一回のこと。それがいまだ心身に影響しているのは、同時にエリオットが起こした事故が絡んでいるからだ。
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