五月三日、晴れ。

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五月三日、晴れ。

 五月三日、晴れ。  横浜にあるベイパシフィック、ホールA。ここには、多くの女子が集まっていた。そのほとんどは十代後半だった。  その中に、高平沙織(たかひらさおり)は立っていた。  今朝、早起きして巻いた髪を右の人差し指でくるくると巻いていた。 「結構集まってるなー……。ま、受かるのは私だけどね」  周囲を軽く見回して、沙織は微笑んだ。  このホールでは、これからあるオーディションが開催される。国内最大手のレーベルによる新たなガールズダンスグループのオーディションだ。  沙織は、絶大な自信を持ってこのオーディションにやってきた。  ここから、沙織の芸能界への道が開かれる……はずだった。 『本オーディションにお越しの皆様にご連絡致します』  場内にアナウンスが流れた。 「おっ、始まるのかな」  沙織の胸が高鳴る。いよいよ未来が始まるのだ、落ち着いてはいられなかった。  しかし、ここから未来は始まらなかった。 『本日予定されていたオーディションですが、諸事情により、急遽中止させていただきます』 「えええええーっ!?」  沙織だけでなく、会場中の女子が大声を出した。悲鳴に近い声も聞こえた。  ざわつく中で、ある声が沙織の耳に入った。 「なんか会場にテロ予告が来てるんだって!!」  確かに沙織の耳には「テロ予告」と聞こえた。 「なんで……嘘でしょおぉぉ……」  しっかりと巻かれていた髪を両手で抱えながら、崩れ落ちそうになる足をなんとか堪える。 「はい、申し訳ありません。列に並んで、ゆっくり慌てずに退場してもらえますか」  警備の男が、沙織の前に立ちはだかった。なかなか退場の列に並ばない沙織を半ば強制的に退場の列へと追いやっていく。  沙織は未練がましく、オーディションの看板を睨んだ。 「誰よ、こんなとこにテロ予告した奴はー!!」  こうして沙織の夢へと続くチャンスは一つ途切れた。
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